毒虫少女としつこい男
高校に入学して一ヶ月が経った。
こんなにも他人に殺意を抱いた事は無い。
「伊賀崎っち、待ってッス!」
「来るな近寄るな消えろ去れ」
「ひ、酷いっす…」
特にこれといった変化はなかったが、隣の奴がウザすぎて苛々が半端ない今日この頃。どこで何を間違ったのか、隣の奴に目をつけられ、会えばことごとく話し掛けたりしてウザい。
もう一度言う、ウザい。
「なんでそんなに邪険に扱うんスか」
「ウザいから」
「酷いッスよ!」
そう言って私にそっと近寄ってきたソイツ。さりげなく、不自然に思われることなく近寄れたと思っている。
調子に乗るな。
「どわっ」
手にした筆記の切っ先を向けてやった。
突き刺さると思ったのか、後ずさったのに気分が良くなった。が、すぐにソイツをまるで汚物を見るような目を向けた。
私に近寄る者等、汚物で充分だ。
「来るな近寄るな半径5メートル以内に入るな。…今度は突き刺してもいいんだからな」
「い、伊賀崎っちぃ〜」
「男が涙を見せるな。気色悪い」
苛々が溜まってきている。変な呼び方をするわ慣れ慣れしい。視界にも入れたくない。そして今は学校。愛しのジュンコ達にも会えないわけで、過剰なストレスと苛々で頂点に届きそうだった。
しかもそれだけじゃなかった。
「(…周りの女共の視線が鬱陶しい)」
妬み、恨み、羨望が籠った視線。中には殺意が籠っているのもあった。何故私が素人の殺気を向けなければならないのか不思議でたまらないが、コイツが私に話しかけた途端に感じるから十中八九コイツが関係しているのだろう。
まぁ、だからといって私が殺られることは有り得ないけど。
「ねぇ伊賀崎っち〜」
「しつこい。話し掛けるな消えろ」
「…そんなに嫌いっスか」
「興味ない。興味の対象にもならない」
他人から見れば、私のこの態度は閉鎖的かもしれない。もともとこの世界を享受していないし、この世界は私には合わない。戦の無い平和な世界。戦乱の時代を生きた私にとって、この時代は酷く息苦しい。
私の身体はこの世界を拒絶していた。
そして、
「千遥!」
「千遥ちゃん」
「おーい、千遥!またお前のキミコちゃんが逃げたぞ〜!」
「千遥せんぱーい!」まるで太陽のように輝く私の大事な人達。
「(ジュンコに会えたんだ。きっと、絶対に居るんだ…、彼女達も生まれ変わってるんだ…)」
こんな変人な私を親友と言ってくれた彼女達に、こんな変わり者の私を後輩といい可愛がり、先輩と慕ってくれた彼らに会えない世界など私には不要な世界なだけ。
此処に彼女達が、彼らがいないなら、私は生きていきたいと思えなかった。
「…金輪際、私に話し掛けるな。しつこい奴ほど嫌いなものはない」
「伊賀崎っち…」
「そのふざけたあだ名で呼ぶな」
反吐が出る。
そう言捨てて私は読書に入った。隣の奴はただ私をじっと見ていたがもう話しかけるのを諦めたのか、自分も席に着いて寝始めた。
駄々をこねるクソ餓鬼か、お前は。
「…面倒くさい奴」
小さく呟いて、私は読書に没頭した。
「伊賀崎っち!」
「………」
放課後。
ジュンコに早く会いたくて帰ろうとした私に、喧嘩でも売っているのかと言いたくなるふざけたあだ名を呼ぶ奴が。振り返ることも面倒に感じた。
コイツは鳥頭なのか?今朝の事を覚えないのか?
感情もなにも入っていない声が出た。
「…私は言ったはずだ。金輪際、話し掛けるなと。お前の耳はただの飾りか」
「諦めないッスよ!」
私の言葉を無視して、奴は言った。
その目は、真っ直ぐ私を見ていた。
「…は?」
「伊賀崎っちと友達になること、諦めないっす!」
「………」
馬鹿だ。こいつ正真正銘の馬鹿だ。
友達?何を言っているんだ?頭は大丈夫か。
理解不能にもほどがあるその台詞に私は目を丸くするだけ。
「絶対諦めないッス!」
私に向けるその目が嫌いで嫌いで仕方がなかった。
「……そういうの、うざい」
その目を見るのが、声が聞きたくなくて、私は言い捨てて教室を出た。
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