毒虫少女の再会
「この子は毒蛇のジュン子っていうの。私の友達なの」ひどく懐かしい思い出がよみがえった。
「千遥ー、千遥はいるかしらー?」
「…なぁに?」
私は前世の記憶というものがある。
それは明白に覚えていて、生まれた時から私はこの世界と相容れないように感じていた。
だってこの世界は平和過ぎだから。
前世が元忍者で血生臭いものだったから、この世界に私の心は順応出来ていなかった。
母親に呼ばれ、縁側で日向ぼっこいたのをやめて、居間へ向かう。私に気付いた母親は、嬉しそうに笑って私に尋ねた。
「ねぇ千遥、何か欲しいものはある?」
「(簡単に欲しいものが手に入るところとか…)…ないよ」
あの頃があって今がある。なんて綺麗事で片付けることは出来ない。それくらい、私にとってあの頃の時間は一生大切なものだし、私たち忍たまを否定されたくなかった。
「えー?何かない?生き物とか、ペットもないの?」
「(毒蛇が欲しい、なんて言ったら怒るくせに…)…ないよ。欲しいのなんて何もないよ」
あったらちゃんと教えるよ。そう告げて、私はいつものように一人散歩をする。
私の両親は、私をとても可愛がってくれる。その愛情は、今まで受けたことのないものだけど、きっと私の嗜好を知ったら、疎遠するに決まっている。
それに、欲しいものなんてたくさんある。
アオダイショウのキミコやカバキコマチグモのコマチや…。それに、
「(ジュンコ…)」
一番の相棒でもあり、大好きな忍蛇のジュンコ。
最期の最期まで私と一緒に生きてくれた彼女。私が死んでからはどうなったか分からない。
でも、約束したんだ。
「(来世でまた会おうねって…)」
だから、欲しいものって言われたらジュンコといいたかった。ジュンコしかいらない。まぁでも、この世界では不可能なんだろうけど。
自嘲気味に笑ったその時だった。
「蛇だ!」
「!」
「キャアア!!」
「なんだよ、この色!」
「気持ち悪ーい!」
「……」
公園付近で聞こえた悲鳴。子供達の声に、蛇だと聞いて私は思わず足を止めてそっちに目を向けた。
自分の目を疑った。
「…っ…」
夢かと、思ってしまった。
ゆっくりと、私は逃げる子供達と逆にそれに歩み寄る。見えた、子供達の真ん中にいたその蛇。
見覚えのある色柄の蛇。見間違えるはずがなかった。
勝手に身体は走り出していた。
思わず声を上げた。
「ジュンコ!!」
「!」
私の声に反応してこちらを向いた彼女。
周りの子供たちが私に気付いた。けど、そんなのに構う暇もなく、他の子供たちを押し退けるようにして、私は彼女の前に立った。
夢でもない幻でもないその姿。私の頬には自然と涙が零れ流れ落ちていた。
嗚呼、これを運命と言わず何と言おうか。
「ジュンコ…」
そっと手を伸ばそうとした私に、彼女は一鳴きした。
「シャー!(千遥ッ!!)」
「!!」
鳴き声だけで分かる、呼んだ私の名前。
ああ、なんということだ。
なんてすばらしい運命なんだ。
「っ…ジュン、コぉ…!」
彼女は私の事を覚えていた。
嬉しそうに私に近寄ってくれるジュンコ。よく見れば、ジュンコの瞳には涙が溜まっていた。
「こっちへおいで、ジュンコ」
「シャー」
「っ…!」
周りの目など気にしない。いつものことだ。それよりも、彼女が、ジュンコがいただけでも私には有り難いことだった。
嗚呼、また君と一緒に生きていける。
「さぁ、一緒に帰ろう」
彼女を腕に、私は公園を去った。
「母さん、父さん」
帰宅して、私はすぐに二人を呼んだ。ちょうどお茶をしていたのか、ほのぼのとした様子の二人に、今から言う事が怖くなった。
でも、二人には認めて欲しいと思ってしまった。
「なぁに?千遥」
「欲しいもの、出来た。反対しても、絶対に欲しいの」
「…言ってごらんなさい」
この親は、私やジュンコを受け入れてくれるだろうか。
反対だと、受け入れてくれなくても、私はジュンコと生きる。
「この蛇を、飼いたいの」
誰がなんと言おうとも。
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