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01



ゆっくりと西の山々の間に沈みゆく日を背に彼は走っていた。一瞬の風に草木が揺れる。ただの風か、と思うほどの微かなものに、山で芝刈りに行った帰りの村人は首を傾げた。
彼は走っていた。
早くと、急げと、心が急くのを抑え必死に足を動かす。
はっと風を切って駆けて行く。

「(三郎……!)」

兵助は苦痛に顔を歪めながら、今も自らを囮にして戦っているであろう友を思う。
誰がこんな事態を予想していただろうか。
誰もが予想もしていなかった事態。
何の問題もなく、平穏無事に終わるはずだった四年生の実習。しかし、慮外の事態に急転した。
突如現れた謎の忍。三郎の気配が異変を起こしたことに気付き、途絶えた処へ向かえば謎の連中と気失い担がれた三郎たちの姿。その異様な光景に、兵助は目の前が真っ白になった。敵が己よりも上の実力者であることは分かっていても、そのまま三郎達を拉致されるわけにはいかなかった。全身で殺気を送るが、それ以上に息苦しいほどの重たい殺気を返された。意識を戻した三郎が己を身代りに自分を学園に戻らせるようにしたが、たとえ天才と謳われている三郎でも分が悪いことなど一目瞭然だ。
そして、微かに感じていた三郎の気配が完全に断った。
負けたのだと同時に分かった。戻って三郎達を救うべきなのかもしれないが、手も足も出せず、腰を抜かした自分が敵う存在ではなかったのだ。
それに、三郎は言っていた。

「(アイツ等の目的は忍術学園だなんて、どういう事なんだ…!)」

彼らは自分達の事を『忍七人衆』と名乗っていた。そして仕える存在はその領地の主。
つまり彼らは、ニセクロバリ城に属する忍部隊。
知らなかった。
それもそのはずだ。世間では戦嫌いで有名のニセクロバリ。けれど、その後ろ盾に強力な影の存在があったなど、誰が知っていたことだろうか。
誰もが知り得ていなかった真実。少しでも噂になっていないということは、過去に真実を暴こうとした存在を確実に仕留めたということになる。相当の手練れではないと自分達の情報を外部へ一つも漏らすことはない。
なるほど。だから、学び舎の長は『ニセクロバリ城の内政事情を探れ』という課題を出したのか。
タヌキだ、と思ってしまうのも仕方のない事だ。相変わらず適当に思えてそうじゃない指令をだす学園の長に兵助はどんな感情を抱けばいいのか分からなかった。しかし、今は一刻も早く非常事態の旨を伝えなければならない。

「(早くこの事を先生達に伝えて、忍術学園を守らないと…!三郎たちの救出隊をお願いしないと…!)」

その時だ。

「……!」

背後から気配を察知した。
兵助は自分に対して舌打ちを溢した。
学園に戻り報告をすることが頭にしかなく、尾行されていた事に気付かなかった己に。

「(くそっ…!もう忍術学園に近いのに…!まだ相手が知られてないとしても、俺のせいで知られてしまう…!)」

すでにニセクロバリ城の領外。そして忍術学園がある場所の近く。まだ少々時間はかかるとしても、このままでは学園の場所を知られてしまうのも時間の問題。兵助は焦燥を感じるも落ち着かせようとする。しかし、今までにない事態なこともあり、兵助は冷静になっているようでなれていなかった。
一刻も早く伝えることが優先。
その事も分かっている兵助だが、彼らの目的が忍術学園ともなれば追手を倒すべきかもしれない。
頭の良いい組だなんだと言われているが、肝心な時に冷静に、迅速な判断ができないとなれば無力同然。三郎なら、とつい考えてしまうのも無理もない事だ。しかし、本人は敵に捕まっている。頼る者は己のみという状況。

「く、そ……!」

自分は無傷だし、相手は子供だと思って舐めているかもしれない。忍者の三病にある『敵を侮ることなかれ』とは分かっているが、それに賭けて油断している隙に倒すしか方法はない。
そう思った兵助は足先を別の方向へ変えた。忍術学園から遠ざけるためだ。すでに忍術学園の私用地内には入っているが、まだ裏の裏、その向こうの山のため学園のある場所には気付かれていないのだ。なら、私用地内で至る所に仕掛けられた罠の場所へ誘い込めば、忍たまがしかけた罠に引っ掛かり勝機が見える。
少しずつ心に余裕が生まれたのか、冷静になりつつある兵助。しかし、油断することはしなかった。

「(たしか此処は、絡繰り大好きの一年は組の兵太夫と三治郎が仕掛けたり、作法委員会の管轄場所…)」

敵が自分の後を追いかけていることを確認しながら、作法委員会を中心に仕掛けられた罠やカラクリがある場所へと降り立った。
しかし、敵を待ち構えることはしない。
小さく印をつけているのを確認しながら、兵助は罠やカラクリに掛からないように気をつけながら走った。

「(どれくらいの実力か分からない。けど、学園には行かせるわけにはいかない…!)」

此処で確実に仕留める。
得意武器である寸鉄を手に決心した表情になる兵助。
しかし、違和感を抱いた。

「あ、れ……?」

いつからなのか、敵の気配が消えていた。

「(どういう事だ…?追手の忍は、ちゃんと俺の後をついて来ていた。なのに、どうして気配を感じないんだ…!?)」

忽然と消えた追手の気配に兵助は冷静になりかけていたはずが、再び困惑の表情を浮かべた。すでに忍たまが仕掛けたカラクリや罠に引っ掛かったのだろうか。そう思うが、自分を追いかけていた忍がそんな簡単に引っ掛かるような者とは思えなかった兵助。
まさか。
嫌な予感が背筋を冷たく流れた。

「(俺の策に気付いた…!?)」

それは学園の危機を暗示していることになる。
さっと血の気が引いた。自分の安直な策によって学園が危機に晒されそうになっている。覚悟を胸に戦おうとしたはずが、逆に敵を野放しになってしまった事に兵助は冷静さも何も無かった。ただただ、自分が泣きそうになっていることだけしか分かっていなかった。
頭上で鷹が優雅に飛んでいる。まるで自分を嘲笑っているかのようだ。

「(まずい…まずいまずいまずい…!!)」

足の震えが止まらない。しかし、ここで突っ立ったままではどうにもならない。必死に四肢を動かし、こけそうになりかけながら、兵助は追手が向かったであろう忍術学園へと駆け出した。


***


「………」

血の匂いが漂う森。
自然が嫌う死臭漂う中、一人佇む男。
その手に持つそれからポタリ、と滴る赤黒い液体。

「面白そうになってきたじゃないか」

血を振り払い、不敵な笑みを浮かべた。

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