01
「あ、勘右衛門!三郎!」
視界に入り迷うことなく二人の名を呼んだ兵助。彼を筆頭に一緒に居た雷蔵と八左ヱ門も顔を上げた。
恭弥、勘右衛門、三郎が学園長に呼び出されてから半刻ほど経った頃だった。その間、保健室前で集まっていた忍たま達は教師達に言われ教室へと戻されていった。それは一年は組も例外ではなく、土井先生に命令されしぶしぶ教室へと戻って行った。一方で、六年生と五年生は連れて行かれた恭弥達の身を案じていた。五年生は不安そうにしていたのだが、六年生は何故呼ばれたのかすでに見当はついている様子で呆れ半分、怒り半分といった表情をしていた。
その後、両方授業を受けるために解散したのだが、兵助達はその帰りに偶々勘右衛門と三郎と出会ったのだ。
「兵助、八左ヱ門…」
「雷蔵…。どうしたんだ、三人とも」
元気のない二人に駆け寄る兵助達は心配そうに眉を八の字にしていた。
「学園長先生に何を言われたんだ?!」
「やっぱり、叱られたのか?!」
「二人とも、大丈夫だった?!」
ずっと案じてくれていたのだろう三人に掛けられた言葉に、勘右衛門と三郎はなんとなくほっとするような気がした。大したことではなかった、と言う意味で手を上げて、簡単ではあるが学園長から言われた事を彼らに話したのだった。
「俺と三郎、一週間謹慎処分受けちゃってさ」
「しばらくは、一緒に外出する事は出来ないんだ」
その言葉に目を丸くした兵助達。瞬間、何故、どうしてとの疑問が勘右衛門と三郎に投げかけられた。しかし、冷静に考えれば分かる事。答えを聞く前に冷静になった兵助が二人に尋ねた。
「…庄左エ門を助けたからか?」
「!」
「…」
「…」
「そうだ」
兵助の問いに答えたのは三郎だった。彼の表情は受け入れているようで、無言の勘右衛門もまた同じ表情をしていた。その二人に、我慢出来ず声を荒げたのは八左ヱ門だった。
「な、なんでだよ!庄左エ門を助けたってのに、なんで謹慎処分うけなくちゃならねぇんだよ!」
「八左ヱ門、落ち着け」
「だってそうだろ!すぐに動いたのは勘右衛門たちだってのに、なんで」
「忍術学園の校則その四」
「!」
八左ヱ門の声を遮り、声を発したのは雷蔵だった。
「『無断外出をした者は一ヶ月の謹慎又は遠征忍務、及び両方を科す』…本当なら一ヶ月だったけど、庄左エ門を助けたからその功績に一週間に変更したってところかい?」
「…そういう事だ」
雷蔵の問いに三郎は答え、やれやれといった様子で歩き始めた。八左ヱ門は呆気にとられた様子ではあったが小さくため息を零して自身の前を歩く三郎の頭を容赦なく叩いた。
「いったいなァ!!何をする八左ヱ門!」
「うっせぇ!勝手に出て行きやがって!!俺達がどんだけ心配したと思ってんだ!」
「……」
八左ヱ門の言葉に三郎は叩かれた箇所に手を置いたまま、目を丸くした。それは勘右衛門も同じで、傍にいた兵助と雷蔵へ驚いた表情のまま目を向けた。勘右衛門の視線に兵助は呆れた表情を、雷蔵は困ったような笑みを浮かべた。
「二人とも、いつの間にか姿見えなくしてたから驚いたんだから。それから授業は出てないし、夜も返ってこない。まさかとは思ってたけど、本当に無断で行くなんて思いもしなかったよ」
「小松田さんが一年は組達の慰めようとしてたその隙にまさか抜け出すなんて、俺達思いもしなかったよ」
「……」
二人の言葉に罰が悪そうな表情をする勘右衛門と三郎。少しは反省していると見たのだろう、八左ヱ門はニカッと笑って見せ言った。
「けど、無事に帰って来てホント良かったぜ!謹慎も、一週間なんてあっという間だからよ!」
「一週間経ったら、すぐに町にでも行こう」
八左ヱ門と兵助の言葉は、遠回しではあるけれどそれまで自分達も出掛ける事はしないと言っているようなものだった。彼らはどこまで優しい、いや、一歩間違えればお人好しと思われるその行為に、三郎と勘右衛門は驚き以外の何もなかった。
すると、雷蔵が「あ」と思い出したかのような声を漏らした。どうかしたのだろうか、と四人が雷蔵へ目を向ける。すると、雷蔵はへにゃりと気の抜けそうな笑みを浮かべて言った。
「慌ただしくて言ってなかったや。…おかえり、三郎、勘右衛門」
「!」
「…」
自分達に掛けるような言葉ではないと、思っていた。けれど、彼はそんな自分達の考えを容易く壊して言った。
驚く事はそれだけじゃなかった。
「おかえり、勘右衛門」
「怪我もなくてよかったよ、三郎!」
「っ…」
「……」
兵助と八左ヱ門も、満面な笑みを浮かべて言ったのだ。
じわりと心に沁み渡るその感情に、勘右衛門はぶるりと身体を震わせ、三郎は少し赤みを見せた頬を隠すように顔を背ける。二人の態度は違うけれども、思うことは同じようで、
「っただいま」
「……ただいま」
そう返したのだった。
二人の言葉にまた嬉しそうに笑った三人はそれぞれらしい声を掛けながらも歩き始めた。
「ったくよー、あんまり無茶するんじゃねぇよ!」
「うるさいぞ、八左ヱ門!」
「けど本当に無茶しないでよ。これでも僕達怒ってたんだから」
「…すまん、雷蔵…」
「勘右衛門も、そうやってふらふらた行くなよ…」
「ごめんね、兵助」
「今日の夕飯から豆腐は俺にくれるならいいよ」
「……はい」
和気藹々と会話に花を咲かせる五年生達。先ほどの空気は何処へ行ったのやら、と思えるような光景についつい笑いそうになるのはすれ違う教師達。
ふと、雷蔵は言いにくそうに三郎に訊いた。
「…恭弥先輩は、まだ学園長の庵に?」
その言葉に、三郎と勘右衛門の表情は沈んだ。雷蔵を咎めるつもりもないし、自分達も気になっていた八左ヱ門と兵助は二人の返答を待った。
「……ああ」
「けど、たぶんもう居ないよ」
「?どういう意味だ?」
理解できなかった八左ヱ門はそう訊ねた。八左ヱ門に訊かれ、勘右衛門は小さく息を吐いて教えた。
「忍術学園の校則その四『無断外出をした者は一ヶ月の謹慎又は遠征忍務、及び両方を科す』で、俺と三郎は一週間の謹慎処分になった」
「だが、…恭弥先輩は私達とは違う処分になった」
「……、…まさか」
何かを察した兵助。彼だけじゃなかった。八左ヱ門も雷蔵もすぐに察し、目の色を変えた。
「庄左エ門を助けに行こうと最初に動いたのは恭弥先輩。私と勘右衛門は恭弥先輩の指示に従ったため処分が軽いのだが…」
「…事の主犯ともいえる恭弥先輩は違う。最初に校則を破ったともいえるのが恭弥先輩の処分は重い」
三郎は空を仰ぎ見て彼らに教えた。
「恭弥先輩の処分は一週間の謹慎と、」
風が吹く。
「一週間の遠征任務に行かれてしまった」
入学当時からいわれた、最も過酷で苦痛で死にたくなるような処分。
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