×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
01



少しだけ時間を遡ろう。
学園に残り、襲撃せんとしたニセクロバリ城の兵士達を恭弥が咬み殺している頃、鉢屋三郎以下捕縛された六人を救助すべく編成された部隊は絡繰仕掛けの城下をようやく掻い潜り抜けたところだった。察知能力の高い小平太が辺りに人の気配があるかを確認し、手で合図を出しながら五、六年生は城門前まで辿り着く。
堀の傍で息を顰める彼らだったが、ふと城郭へと目を向けた。

「……デカイな」
「ああ。かなり」

敵前であるにも関わらずそんな事を言ってしまうのは無理もない事だった。
ニセクロバリ城は平野の中にある山、丘陵等に築城された平山城で、天守のあるクロバリ山と西の丸のあるニセ山を中心とした城である。その周囲の地形を利用し城下町を築いたものだ。
城壁には狭間という射撃用の窓が存在し、また城壁を折り曲げて設置している箇所もあり視界がより少なくなっている。他にも防御機構が携えられており、大天守と小天守を繋ぐ渡櫓、小天守同士を繋ぐ渡櫓の各廊下には頑丈な扉が設けられており、それぞれが独自に敵を防ぎ籠城できるように造られている。
そして大天守は五重七階天守台地下一階、小天守は三重のものが二つ。その各天守の間を二重の渡櫓で結んでいる連立式天守であった。
故に、彼らがニセクロバリ城に圧巻してしまうのもおかしくない話であった。
しかし、こうしている間にも三郎達は拷問なりされているかもしれない。
そう考えてしまえば、悠長なことが出来るはずが無かった。

「急いで三郎達を助けよう…!」

覚悟を決め勘右衛門達は静かにニセクロバリ城へと潜入した。
離行の術を駆使し、人馬の術で全員門を通り過ぎる。本来ならば威力偵察も行い慎重になるべきであったが、ニセクロバリ城の兵士達は皆忍術学園へ進撃しているのは分かっている。その為、仙蔵と小平太を先に行かせ、見張りの者がいないのを確認してから皆も入る。
おかしいくらいの静けさ、無防備に、忍たまは油断するどころか警戒心を強めた。
人一人いないような静寂さ。
たとえ戦に出るとしても、城には門兵をはじめとする城を守る兵、つまり城兵がいる。櫓に登り上から侵入者を探したり、常に巡回して敵を見つけたりするなどと、重要な存在でもある。
しかし、今時点のニセクロバリ城にはその城兵が一人もいないという状況であった。

「どういう事だ」
「無人城にしているわけではなかろう」
「………」

矢羽音で会話を繰り返しながら辺りを見渡す彼ら。
その中、兵助は自分自身に違和感を抱いていた。
何かを忘れている。
ただの実習から思わぬ敵の存在、襲撃、友や後輩が捕らわれるという、怒涛の出来事の中、何かを忘れてはいないかと自分自身に問いかけた。
なにが起きて此処まで来ているのか。
どうして学園を襲撃されると知ったのか。
三郎達はどうやって捕らわれたのか。
自分達の前に立ちはだかったのは誰だったのか。
そこまで思い出したのと、空を切り裂く大声が耳に届いたのはほぼ同時だった。

「ッ左右に散れ!!」

条件反射で、彼らはそれぞれ左右に散った。
瞬間、ドゴォォォ!と何か重たいものが自分達が立っていた場所に落とされた。
遠くに置かれた篝火のおかげで、それの正体も分かる。
巨大な岩だった。
しかも、一人で持てるようなものではない、自分達よりも大きな岩。もし小平太が気付かず、そして自分達もその迫りくる影に気付かなかったらどうなっていた事か。
たらり、と冷や汗が頬を伝った。

「敵襲か…!」
「やはり誰かは居るものか」
「…?兵助……?」

周りを再び警戒する彼らとは別に、八左ヱ門は隣にいた兵助が小刻みに身体を揺らしていたことに気付いた。
武者震い、ではなかった。
今宵は三日月。
あまりにも頼りない月光であるが、兵助の顔色が優れていない事など容易に分かる。否、それほど兵助が青ざめている事に、八左ヱ門は目を疑った。

「どうした、兵助」
「…俺は、何で忘れていたんだ…」
「え…?」

兵助の呟きが聞こえたのは八左ヱ門だけでなく、他の忍たまも同じだった。兵助を一瞥し、周りを見て、もう一度兵助を見て、と忙しなく目を動かす彼らを余所に兵助は口にした。

「ニセクロバリ城には、まだ兵がいます」
「それは、先の攻撃で分かっている事だ。だが、何人いるかは威力偵察をしていないから分からんぞ」
「七人」
「…なに?」

仙蔵の言葉に間を入れずそう答えた兵助に、文次郎は袋槍の穂先を手にしたまま思わず反応を見せた。
誰もが知り得ない情報。それなのに迷いを見せることなく答えた兵助に、彼らは意識をそっちに持って行ってしまう。皆からの視線に気付いているのか分からない様子だが、兵助は思い出した事を口にした。

「今この城にいるのは、三郎達を捕まえた奴等です…!」
『!』
「アイツ等は、城主直属の者で自ら…」

その時だった。

「やーっと来たのかよ。ったく、待ちくたびれたぜ」

第三者の声が、兵助の言葉を掻き消した。
同時に圧し掛かる、重い殺気。
声がした方へ見れば、大天守への入り口の上。屋根瓦の上に誰かが立っている事に気付く。それぞれが武器を持ち身構える中、その者はニヤリ、と歯を見せ笑い飛び降りてきた。
ドスン、と地鳴りを響かせ自分達の前に現れたその者。

「っ……」
「(こいつ……)」
「頭も誰も居ねェって思ってたのか?残念だったな、この城にはまだ」

コキッと首を回し骨を鳴らすその者はゆっくりと近付いてくる。
建物の陰から現れ、月光の元に晒す姿。
強靭な肉体に、常人よりもかなりの背丈のある巨体。
こんな人間がこの日ノ本に存在していたのかと、そんな感想を思わず抱いてしまうほど。

忍七人衆おれたちがいる」

ニタァと口角を吊り上げた男に、勘右衛門達は武器を持つ手に力を入れた。


***


風を切るように走る。
一分一秒も惜しい。
草原を走り、木々を飛び越え、時には崖を走る。
その後を必死について行く伊作の事などあまり考えていなかった。

「恭弥、本当にこっちであってるの〜!?」
「遠回りなんて面倒だ。それに」

大きく跳躍して、恭弥は振り返った。

「僕が通る道は、僕が作る」

誰かが作った轍を通る気などない。
そう言いきった彼に伊作はもう何も言えるはずもなかった。

−/next
[ back / bookmark ]