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01



尾浜勘右衛門率いる五年生、六年生の救助部隊が向かったニセクロバリ城は無人ではない。彼らを待っているのは、鉢屋三郎が手も足も出ないまま負けてしまうほどの圧倒的力を持っている忍部隊『忍七人衆』が待ち構えていたのだった。
五、六年生が危ないと今更気付く教師達。

「っ今すぐ別部隊を編成すべきでは!?」
「馬鹿を言っちゃいかん!今我々を囲んでいるのはそのニセクロバリ城なんだぞ。そう易々包囲網を脱出することなど出来るはずがない!!」
「ですが…!」

冷静に現状を理解している山田先生の言葉に土井先生は歯痒い気持ちでいっぱいになる。山田先生の言う通りだ。今忍術学園は敵であるニセクロバリ城に包囲されている。雑兵だけの集まりであろうと、圧倒的な数なのに変わりはない。さらにこちらには守るべき者達を多く抱えている。上級生がいない中、下級生達を戦場に出すような愚かな行為が出来るはずがなかった。
しかし、上級生の身も危ないのは確かである。まんまと敵の策に嵌ってしまう自分達に舌打ちを溢しかけるが、相手は十手二十手先の事を読んでいた。敵が一枚上手であったことに、長年忍者していた自分達が悔しい思いをさせられた。そんな奴等を前に彼らが無事でいられるはずがない。
やはり此処は別部隊を、と土井先生が進言しようとした時だった。

「騒がしいな。そんなに群れてたら、咬み殺すよ」

先ほど姿を消したばかりの恭弥が戻ってきた。教師達が口々に言い合っていた騒々しい空気が一蹴するほど、恭弥の声は凛としていた。普段見る事のないほどの冷静さの欠けた教師達の傍で黙っているだけだった伊作は、恭弥の登場で息苦しさがなくなったように感じた。

「恭弥……!」
「土井半助」

一瞥して名前をフルネームで呼ぶ。ハッとして恭弥を見ようとした土井先生の視界に入ったのは、鈍色のそれ。捉えるよりも先に、頬に熱が浮かんだ。

「君は一度頭を冷やすべきだ」

冷たい声が耳に届いたのと、背中に激痛が走ったのは、ほぼ同時だった。
しん、と無音になった空気。

「ぇ、え?……えぇぇええぇ!!?」

伊作の驚きに満ちた声が響き渡った。ざわざわとどよめき、誰もが目を疑う。
恭弥が、土井先生に攻撃した。
壁に背中を打ちつけた土井先生はずるずると地面に倒れ込む。突然すぎる恭弥の攻撃に一同が唖然としていたが、まず最初に動いたのは山田先生だった。それから保健委員長の伊作が駆け寄って、容態を看る。

「土井先生、大丈夫ですか!?」
「っ……あぁ、大丈夫だよ……」

いてて、と痛みに声を上げるものの、動ける様子の土井先生。音の割にはそこまで怪我をしていないことに伊作は不思議に思ってしまう。どういうつもりだ、と伊作が恭弥に尋ねようとするよりも先に、他の教師達が恭弥に問い詰めていた。しかし、恭弥はどこ吹く風。教師達の言葉を無視して、自由気ままな彼は口を開けた。

「土井半助。草食動物の避難及びに保護はどうなった」
「っ……粗方の生徒は、防空壕の中に向かわせたよ。二年生が一番遠い場所にいたから、野村先生が今引きつれて向かせているはず」
「そう。なら、問題ないね」

口元に小さな笑みを浮かばせた。
刹那。

「っ!?」
「!」

重苦しいほどの殺気が放たれた。
今まで感じたことのないほどの、息苦しく、圧し掛かるような冷たい殺気。ベテランである教師達ですらも、思わず畏怖を抱くほどのものに、伊作は膝を笑わせ、事務員の小松田は腰を抜かしていた。
誰が、なんて愚問だった。
それはニセクロバリ城の雑兵たちからではなく、自分達の目の前に立っている存在から放たれていたのだ。

「じゃあ僕は行くよ」

殺気の主である恭弥は、平然として言った。
行く?どこへ?
それは此処に居る者全員が思っている事だった。
まさか、この状況の中、敵の包囲を潜り抜いて救助部隊の方へ向かうというのだろうか。なんて無責任な事なのか。学園はどうするつもりか。そう言いたげな教師達が目で訴える。口で言えばいいものを、それは出来なかった。
溢れ出る彼の殺気に声が出なかったから。

「勘違いしているみたいだけど、僕が今から相手をするのは群れることしか能がない雑魚だ」
「!?」

ぞっと背筋に寒気が走る。
まるで自分に向けられているような殺気の矛先は、この門を隔てた向こう側の敵に向けているもの。その漏れた殺気ですら、自分達は動けないのだ。
なんて重く、息苦しい殺気なのか。
齢十五にして、これほどまで膨大な殺気が出せるはずがない。

「君達がいたら邪魔だ。僕がいる場所以外の所でも守ってなよ」

恭弥は一瞬で愛用の武器を手にした。じわり、と彼の纏う雰囲気が変わっていくのが分かった。
此処は、素直に恭弥のいう事に従ったほうがいい。
そう思うには十分な威圧だった。ゆっくりと足を正門へと向かう恭弥と比例し、息苦しさが無くなっていく。足を動かせることが出来るようになると、真っ先に動いたのは山田先生と山本シナ先生だった。

「二手に別れましょう。生徒達の保護と、裏山側の警護に。もう我々は恭弥の言う通りに動いたほうが適切だ」
「えぇ。そうしましょう」

二人の言葉に教師達は冷や汗をそのままに動いた。伊作は土井先生に手を差し出されて、そこでよやく身体を動かせることが出来た。
今まで感じた事のない恭弥の殺気。
六年間、共に過ごした中で今日の出来事は一番驚くことだった。

「伊作も、上級生として下級生の傍にいてくれ」
「はい……」

すでに姿を消した恭弥がいた場所をじっと見つめる伊作。今の伊作に感じるものが分かった土井先生は困ったように笑って、ぽん、と優しく背中を叩いた。

「大丈夫だ。恭弥なら無事だ」
「そう、ですね……」
「心配だろうけど、今はあの子を信じよう」
「……はい」

不安を拭うことができないまま、伊作は土井先生と共に避難している下級生達のもとへと向かったのだった。


***


ゆっくりと傾いていた西日が、山々の間に落ちていく。徐々に沈み行き、闇が海と山との境を消した時、彼らは動いた。
ニセクロバリ城の兵だった。
敵地を包囲している彼らは、自分達が勝利すると確信していた。すでにこちらの存在は知られているであろうが、想定内のこと。数で有利し、武器で有利している。負けることなどあり得ない。
灯りをともすなど自殺行為。夜襲戦では、自分たちの息使いすらも慎重にしなければならない。
微かに耳に届いたのは、笛の音。
それは、出撃用意の合図。
まずは彼らの城壁である正門を崩壊させる。そして一斉に襲撃し、学園にいる全ての人間を皆殺しにする。
自分達が受けた命はそれだった。

「……?」

ゆらり、と誰かの視界に何かが通った。
紫の、揺らめき、ぼやけていたそれは、尾を引いて消えては灯ってと繰り返していた。
ガシャリ、と鎧が音を立てた。
自分かと思ったが、違った。しかし、鎧は自分達が纏っているもので、それ以外で聞こえることなどあり得ない。
ドサッ、と倒れる音が複数聞こえた。
その音は絶えることなく、続いて行く。
おかしい。
何かが、自分達の周りで起きている。

「!?」

異常な感覚に、じっと静かに構えていた彼らにどよめきが産まれた。それは徐々に、波のように広がっていく。
ゆらり、と紫のそれが再び灯された。
目に捉えたのは、二つだった。

「っ……」

ワザとらしく足音を立てて誰かが歩み寄ってくる。
誰だ。何者だ。
足音は止まない。
知らない。
今まで見たことのないものだった。
誰か見たことがあるのか。
紫色の炎など。
そして、見えてしまった。見てしまった。

「ひっ……!!」

周りに倒れている同胞たち。

「弱いばかりに群れをなし」

心地よいとは言えない、冷たく淡々とした声が耳に届いた。
夜目に慣れ、目の前に誰かが立っている事に気付く。

「咬み殺される、袋の鼠」

ぶわり、と綺麗な純度の高い紫の炎が視界を覆った。

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