×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
02



「っ……!」

三郎は突然背中に重石を置かされたような感覚になった。どっと冷や汗を掻き、弱腰になりそうな己の身体をなんとか二本の足で支えようとした。動くことさえもままならないような状況。しかし、動かなければならなかった。

「何者だ…!」

四年生たちの言葉を代弁するかのように、口を挟んだ謎の男が現れたのだから。
その姿はどこからどう見ても町人にしか見えなかった。

「ん?」
「ぉ、お前は…!」

何者か分からないが、四年生は見覚えのある存在のようだ。三木ヱ門が怒りを孕んだような、ただ恐怖し震えたような声でそう言った。三木ヱ門の言葉から、四年生に情報を与えたような存在、と認識する三郎は四年生の前に立って攻撃態勢になった。

「もう一度言う。お前は何者だ」
「え、俺?んー…そうだな……」

首を傾げて、なんて言おうか、などと言葉を選ぼうとする男。しかし、男の目は笑っていない。むしろ、鋭利で冷めた目を、殺気が含んだ目をしていた。
ゆらり、と男の瞳が怪しく光った。
三郎は男と目が合った瞬間、ぞわりと背中に冷たいものが奔った。今までに感じたことのないもの。
男は歪な笑みを浮かべ、言った。

「この地を治めている主の部下、とでも言えばいいのか?」
「!(ニセクロバリ城の手の者か…!)」

男の正体が分かった三郎はさらに警戒心を強めた。自分に対し身構える三郎に、「そんな警戒しなくてもいいだろう」と、冗談めいた言葉を言って薄ら笑う。しかし、三郎は、いや、四年生も、分かっていた。
その男に隙がない事を。
つまりそれは、相当の手練れだということ。自分達、特に四年生がニセクロバリ城の内情を捜索していた事はすでにバレている様子。こちらの目的も知られた上、この男は自分たちを泳がせていたということになる。そんな男の追手を撒きながら逃げることができるだろうか、と必死に策を考えた。
しかし、ふと、男の言った言葉を思い出す三郎。
奴はあの時、なんと言った?

「待て、お前…さっきなんて言った?」

男に尋ねた瞬間、背後で守る存在である後輩達がサッと顔を青ざめた。その様子が視界の端で見えた三郎は、嫌な予感が的中したのではないかと、胸が早鐘を打つ。未だ手の震えは止まらず、ぐっと奥歯を噛み締めた三郎。
男は、一度目を丸くした。しかし、それは一瞬。すぐにフッと笑って見せた。
愉悦の笑みを。

「さっきって、いつのことだ?」

男は顔を俯かせ続けた。
警戒しないでもいいじゃないか?
いいや、違う。
それとも、この地を治めている主の部下ってこと?
それも違う。
そう。そうれじゃあ。
ぐるり、と面を上げてこちらを見た男は、狂ったからくり人形のようだった。

「君たちの学び舎。…これかな?」

戦慄が身体を突き抜けた。ゾクリ、と肌が粟立ち、背筋に悪寒が走った。
殺気。
純粋な、ただ相手を殺したいという、殺気だった。
今までに感じたことのないそれに三郎はようやく気付いた。さきほどから震える手の正体。寒さでもなんでもなかった。この男が微かに放っていた殺気を、無意識に体が、本能が、彼は危険だと恐怖していたのだった。
それは、自分達が殺される光景まで脳内で浮かぶほどのもの。
まずい。
震える身体を無理やり動かして、四年生を見て叫んだ。

「逃げろ!!」

一刻も早く、この男から逃げなければならない。
三郎の本能がそう告げていた。
しかし、突然言われても四年生はどうしたらいいのか分からない。狼狽え、足を動かそうとして動かさない四年生に、三郎はもう一度叫んだ。

「いいから逃げろ!!敵は一人!!学園へ戻って、すぐに知らせるんだ!!!」
「で、も…!」
「っ分からないのか!!?」

言いよどむ三木ヱ門に三郎は次々と言葉を投げかけた。まだ四年生だとは言え、上級生だ。自分達の力量など分かっているはずだ。しかし、まだ分かっていないようだった。
この男との歴然とした力の差を。

「アイツは、本気で私たちを殺そうとしているんだ…!!」

だからさっさと行くんだ!そういった三郎の言葉にようやく動き始めた四年生。女装のままだったが、気にする余裕などあるはずがなかった。各々が四方に飛び散って行った。
男はその様子を見て「おやおや」と、呑気に声を上げていた。まるで隙だらけのような態度だったが、三郎は分かっていた。変わらず隙が全くないという事に。結果的に殿の立場となった三郎は、未だ何処にいるか分からない兵助に早く戻ってこい、と願う。しかし、そう思い通りに行くはずがなかった。

「いいのかな?可愛い後輩達を追いかけなくても」
「っ…アイツ等はあれでも忍のたまご。最低限の事くらいできて、」
「できるって?うん、そうかもしれないな。だが、こっちは地の利がある。それに……」
「ッ!?」

五人の気配を把握していた三郎は、感じたそれらに目を丸くした。
男は嗤って言った。

「敵は一人だって……何を見てそう決めたんだ?」

男の言葉に応えるように、突如として現れた複数の強い気配。それは四方へ分散していた。つまり、そいつらは確実に四年生を狙っているということだった。

「(あいつらが危ない…!)」

男よりも四年生を助けに行こうと動いた三郎。周りを冷静に把握できていなかった自分に舌打ちを溢したいほど悔み、後輩に怪我をさせまいと向かおうとした。
しかし、男がそう易々と見過ごすはずがなかった。

「誰が」
「!」
「俺から背を向けていいなんて、言ったんだ」

刹那、何かが風を切った。目に見えない速さに考える余裕もなく、三郎の横腹に強い打撃が入った。

「ぐっ…!」

横腹に蹴りを入れられた瞬間、意識を失いかける。しかし、なんとか意識を保ち、男から距離を置いた。じくじくと痛む横腹。肋骨にヒビが入っているかもしれないな、と三郎は冷静な頭でそんな事を思った。

「へぇ、すごいな。あれで意識を飛ばさなかったなんて、君ってけっこうやるじゃないか」
「っ…ふざ、ける…な…!」

呑気に三郎を褒める男。それに苛立ち、三郎は低く構えた体勢のまま男に向けて拳を向けた。しかし、それを軽々と受け止めた男。三郎の拳を掴んだまま、男はニコリと嗤って言った。

「弱い」

目に止まらぬ速さで三郎の頭を掴んだ男は、勢いよく地面に叩きつけた。ドゴォン、と轟音が響きわたり、草木が振動した。
ピクリとも動かなくなった三郎の手を離し、男は一歩二歩後ろへ下がった。辺りを見渡し、気配を探る。弱い気配が全て消え、自分の知っている気配がこちらへ集まろうとしていた。せっかく彼らを逃がそうとしていた少年。しかし、彼は策を誤った。憐れみに近い眼差しを送り、男は三郎の襟を掴んだ。

「殺しちゃいないさ。…君達は、あの男の餌となってもらうのですから」

男がそう言ったと同時だった。囲むようにして、姿を現した五つの気配の持ち主たち。その肩や傍らには、気失い四肢をだらしなく伸ばした四年生達の姿があった。

「さてと…。それじゃ、戻ろっか」

三郎の腹に腕を通し、持ち上げる。だらり、と動かなくなった三郎を横目に、男はその場から去ろうと他の連中にも告げた。

prev/next
[ back / bookmark ]