03
庄左エ門が人攫いにあったその夜、残りの一年は組の子供達は乱太郎、きり丸、しんべヱの部屋で固まって寝ていた。子供達の表情は皆、眉間に皺を寄せて穏やかに寝ていなかった。庄左エ門の安否が気になって仕方がなく、そして庄左エ門が一人で恐ろしい思いをしていると考えただけでも涙が頬を伝うのだった。
唯一の希望でもあった恭弥からは見捨てられた。
「っ…庄、ちゃん…」
恐がってないのかな。
不安になっていないかな。
泣いてないのかな。
怖い目にあっていないかな。
は組の子供達は自分達のまとめ役でリーダ的存在の庄左エ門をただただ心配していた。
半分頭が回っている中、ふと誰かが障子を開けた。静かに、けどあほだ馬鹿だと言われている自分達が気付く音で障子が開く。
「…やっぱり起きてたんだな」
「鉢屋三郎先輩…?」
「尾浜勘右エ門先輩も…」
「どうしたん、すか…?」
入り口の近くで寝ていた乱太郎、しんべヱ、きり丸は目をこすりながらも部屋に入って来た人物、三郎と勘右衛門に尋ねた。三郎はしんべヱの頭を撫でつつ、勘右衛門はは組達の様子を見る。自分達の登場で起きたのだろう、まだ眠たそうな表情をしているものの、雰囲気から庄左エ門を心配しているのが分かった。三郎と勘右衛門は二人だけの矢羽音を交わし、乱太郎達に言った。
「皆、落ち着いて聞いてくれるか?」
その時、ふわりと風に運ばれ鼻に掠ったにおい。どこかで嗅いだことのあるそのにおいに、乱太郎は首を傾げた。それよりも、三郎がこれから話す事が気になりそのにおいの事は頭の隅へとおいやった。
「落ち着けよ、お前達。まだ起床時間にしては早いんだ」
「…安心してくれるだけでいい」
――――…庄左エ門は無事救出した。
三郎の言葉に、は組の子供達の脳は一気に覚醒したのだった。
***
「恭弥ッ!!」
「……」
裏々々山から帰ってきた恭弥を待ち構えていたのは友人たちだった。慌てたようで、何処かしら安心したような様子に見える彼らに恭弥は小さく息を吐く。
「なに、朝から騒々しいな」
風紀が乱れるんだけど。と不満な声を上げるが、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに犬猿の仲である文次郎と留三郎が前に出る。
「お、おおおお前ッ!!今までどこに行ってやがった!!」
「ずっと探してたんだぞ、オイ!!」
「うるさい」
一刀両断。二人の騒々しい声を無視して恭弥は歩き始める。伊作の姿がない事から、やはり彼は保健室で待機していたのだろう。予想がつきやすくて容易だ。うるさい二人の次に訊いてきたのはろ組の二人だった。
「恭弥ー、いったいどこに居たんだ?は組を宥めるの大変だったんだぞ!」
「そう。それはお疲れ様。僕がどこに居ようが関係ないでしょ」
「……恭弥、」
小平太の言葉を軽く流したが、その次に自分の名前を呼んだ長次に恭弥はピタリ、と足を止めた。その好機を逃すことなく、長次は恭弥の前に立ち真剣な表情で言った。
「…何処に行ってた」
「……」
「答えろ」
真剣な眼差しで自分を見る長次に恭弥は切れ長な目をさらに細くして見る。微かではあるが、空気が重いのを小平太達は感じ取った。無言の状態が続く中、先に声を発したのは、
「…僕の勝手でしょ」
恭弥だった。
その一言だけ言い、恭弥は長次の横を通り過ぎ去って行った。恭弥の姿が、気配が完全に消えてから、仙蔵は小さく息を吐いて長次を見た。
「どうしたんだ、長次。お前、若干キレ気味だっただろう?」
「……仙蔵達も気付いたはずだ」
「まぁねー。あんなに堂々としてたからなー」
「隠す気は一寸も無いようだったしな」
「ったく…、アイツは何をしてんだよ…」
呆れたような、そんな表情で去って行った恭弥の姿を思い出す。
微かに鼻に掠ったその臭い。錆びた鉄のような、あの独特の臭い。そして何かが焦げたような、そんな臭い。
「恭弥、庄左エ門を助けに行ったようだな」
「…無断でな」
「……アイツが一番風紀乱してるじゃねぇか」
文次郎の言葉を否定する者は誰も居なかった。
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