02
バキッ ミシミシ… ドォン!
「…」
忍術学園の裏々々山の奥深く。
何本もの木が倒され、鳥が騒めき、羽ばたいていく。何かに逃げるようにして獣たちも怯え、去って行く。
倒された木々の真ん中には、深緑の衣を纏い、手にトンファーを持つ少年が。
恭弥だった。
「…くそっ」
しかし、その姿はいつもの唯我独尊とは言えない雰囲気を纏っていた。
否、彼は“雲雀恭弥”としての存在ではなかった。
「…虫ケラ共が…」
悪態をつく恭弥は大きく舌打ちをして、手当たり次第に木々を倒し、やるせない気持ちを発散していた。
それもそうだ。
まだ10年しか生きていない子供に、自分は無茶をさせたようなものだったのだから。
確かに、恭弥は学級委員長委員会の矜持を彼らに教えた。それは先代の学級委員長委員会委員長から教えられたものでもあったからだ。
「(イヤ、あのへなちょこに教えてもらっていたとしても、委員会の説明でだいたい分かるものだ)」
自分よりも恭弥が強い、という理由で長の座から離れ、そのまま戦忍として生きている元学級委員長委員会委員長。
「いいか、恭弥。学級委員長っていうのはな、組の皆より先に倒れちゃいけねぇ」
「それくらい分かるよ、へなちょこ」
「ちょ、少しはもっと優しい接し方をしろよ…」
「君にはちょうどいいでしょ。…学級委員長の矜持は、それくらい分かるさ」
「おう!でもな、」
「?」
「その役目が重要だと思って、自分を疎かにするのは違う」
「…」
「最優先すべき事を考えるなら、最善を尽くす事をまずは考えろ。仲間を助けるために、他人を助けるために、その為には何をすればいいのか。学級委員長だからってな、自分を囮にして皆を助ける、なんて事はあっちゃいけねぇんだ」
「…」
「この場合、最善すべき事は敵の威力偵察だな。それから、自分の力だけじゃなく、且つ、皆で逃げる事を考える。作戦を立てるのは、自分一人の力じゃ無理だ。よく言うだろ?三人寄れば文殊の知恵ってな」
「…あなたに学があるとは思わなかったよ」
「オイ、それ俺に対して失礼だからな。…、だからよ、恭弥」
「…」
「学級委員長委員会とはどういうものなのか、きっちりとお前達の後輩に言い聞かせてくれ」元居た世界で、自分の“師”に値する男と似ていたのが印象的だったのを、恭弥は今でも覚えている。
一人で居る時はダメダメでドジをすぐするというのに、仲間が、後輩がいる前では、いつもとは一変して、頼りがいのある、学級委員長の名に相応しい存在。
完全に咬み殺すことが出来なかったのは、あの人くらいだ。
あの頃は何の事か、全く理解していなかった。最善と最優先の違いは何なのだろうか。意味は分かる。その違いが分からない。
最短ルートを常に考えていた恭弥は分からなかった。
けど、今その身をもって思い知らされた。
「…俺が、きっちりしてなかったから…」
今でも覚えている、庄左エ門の辛そうな表情。
帰還途中、ずっと唸っているのが背中から聞こえ、自分に対しての怒りを抑える事が出来そうになかった。
守るべき存在を危険な目に合せた自分が腹立たしい。
今回は仕方がない事だ、と言えるだろう。しかし、恭弥はそれでも、可愛い後輩を危険に遭わせた事に苛立ちが募っていた。
「…!」
バキッ ドカァン!!
また一本、木に八つ当たりをした。
倒した木々達は後で学園に需要とされるのは目に見えて分かる。そのまま放置していても、獣たちの新しい住処として勝手に出来上がっていく。
自分が元居た世界とは大違いだから。
「…加減、するんじゃなかったな…」
自分の手を見つめ、恭弥は呟く。
この手で、あの下賤な輩共を葬り去れば良かった。地獄の業火に焼くいきおいで、炎の熱さだけじゃなく、その身に苦痛を味わせておけば良かった。
もっと、咬み殺せばよかった。
「ッ!!」
トンファーを放り投げ、恭弥は容赦なく、そばにあった岩に自分の拳を加減無しで突いた。ドゴォン、という音がし、土煙が生じた。パラパラと石屑が恭弥の手に付着したが、それを気にしないまま恭弥は岩から手を離した。
その瞬間だった。
ミシ…ピキッ…
岩にヒビが生じる。
ゆっくりと、頂へ、地へと向かい、そして、
ドゴォン
岩は簡単に割れた。
「…嗚呼、クソ」
自分の弱さが腹立たしい。
再度、自分の手のひらを見つめ、強く爪が食い入るくらいに握り締めた。
数秒ほど立ち尽くした恭弥は放り投げたトンファーを拾い、学園へと歩を進めた。
もちろん、その時の表情は言うまでもなく、
「…たぬき爺が何か言うだろうね」
“雲雀恭弥”としてだった。
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