03
これは、今から一刻前の事だった。
庄左エ門が三郎に救出されていたころ、恭弥は気絶させた人攫い達を屋敷の中へと移動させていた。
たった一発だけで意識を飛ばした人攫いに楽しさを求める事は無かった。
「本当は、君達の死にゆく様をじっくりと見たいんだけど、」
生憎、時間がないからね。
トンファーを収めて、恭弥は懐から小さな匣を取り出した。
ボンゴレ匣だ。
普段はつけていないボンゴレリングを指に嵌めて、そして死ぬ気の炎≪増殖≫の紫をリングに灯し、恭弥は開匣した。
「ロール」
「キュー!」
久しぶりに外の空気を吸ったのか、恭弥の匣である雲ハリネズミのロールは嬉しそうな表情を浮かべた。恭弥はロールの頭を優しく撫でた後、命令した。
「ロール、僕が言いたいこと分かる?」
「キュ!」
「そう。じゃあ…、」
始めようか。
ロールが球体と化し、雲の属性“増殖”により増えていく。部屋中に増えたそれらを満足げに笑った恭弥は言う。
「ロール」
殺っちゃいなよ。
声にならない叫び声、阿鼻叫喚が、屋敷中に響き渡り、そして瞬間、大きな爆発を呼んだのだった。
業火の中、恭弥は立つ。まだ残党がいたのか、騒ぎを気になり屋敷に入った人攫いがやって来る。
「何者だ貴様ァ!!」
「何処の者だ、名を言え!!」
「君らに言う名なんてあるわけないだろ」
瞬殺。
相手に反撃の余地を与えず、恭弥は敵を地に伏せる。
息はすでに絶えていた。
「…」
本当ならば、恭弥はその顔が原型ないまでトンファーで殴りたかったし、その身体が肉片になるまで刻みたかった。
しかし、それをするのは今ではない。
「…“俺”の大事な後輩がお世話になったよ」
ぽつり、と業火に掻き消える声で呟いた恭弥。しかし、辺りにいる人攫いの男どもに聞こえることは一生無かった。
「…お疲れ様、ロール」
「キュウ!」
「また今度、外に出すよ」
仕事をしてくれたロールを撫で、恭弥はロールを匣の中へ戻したのだった。
***
山と山の間に朝日が顔をのぞかせる。
泣き疲れ、そのまま寝てしまった庄左エ門はその眩しさにゆっくりと目を開けた。
「んっ…」
疲れがまだあるのか、寝たい気持ちがあるのか庄左エ門は少しだけ身じろぐ。しかし、ふといつも寝ている布団と違うと思ったのだろう、動きが止まった。
温かい温もりはあるが、硬さがあった。
「目が覚めたかい?庄左エ門」
「…、…!?」
思わずガバリ、と庄左エ門は起き上がった。
目の前に広がるのは、深緑。
「っ…恭弥、先輩…?」
「何?」
そして思い出す。
今自分は恭弥におぶされている事を。
「あ、の…此処、は…!?」
「もうすぐ忍術学園だよ、庄ちゃん」
「尾浜先輩…」
「ずいぶん寝てたな、庄左エ門」
「鉢屋先輩…」
ああ、そうだ。
庄左エ門は今思い出す。
自分が今まで置かれていた状況を。そしてそれが夢でない事を。
「ぁ…」
ギュッと、思わず恭弥の服を握った。
「そろそろ着くよ」
「は、はい…」
「着いたらすぐに保健委員会に任せるから」
その言葉に庄左エ門は目を丸くし、ふと自分の腕を見た。
そこには綺麗な包帯で巻かれていた。今さら痛みを感じた庄左エ門。
ああ、そうだ。これは…、
「無茶するなって、言っただろ?」
「!」
ポン、と頭を叩かれ振り返ると三郎が真剣な表情で自身を見ていた。
「せん、ぱ…」
「確かに学級委員長としての矜持は重要だ。けど、私達はお前にそこまでしろと言った覚えはない」
「っ…」
学級委員長という役割が大事だと思えて、これがもしも忍務だったら、そんな事を考えたら、自分が意識を失くすのはいけないことを思えて。恐怖を、痛みを我慢してやった行い。
薬を嗅がされ意識が朦朧とし、意識を飛ばさない為に庄左エ門は何度も自分の身体を傷つけたのだ。
それを、恭弥達はよろしく思っていなかった。
「庄ちゃん」
「尾浜先輩…」
「俺達はね、もしもの事があった為にお前や彦四郎に教えたんだ。庄ちゃんにとって今回は“もしも”の事に入ったの?」
優しく言いかけているが、しっかりと庄左エ門の目を見る勘右衛門は心配そうな、けど真剣だった。
反論なんて、出来るわけがなかった。
「…いい、え…」
「だからね、次また…もうこんな事は起きないだろうけど、もしこんな事が起きたらね、」
無茶は絶対にしないで。
その言い方は、まるで親が子に、兄が弟に言いつける言い方で。
それを嫌だとは思わなかった。
「…はい」
庄左エ門の返答に、三郎と勘右衛門は満足げに笑った。
「三郎、勘右衛門」
恭弥が二人の名前を呼ぶ。
真剣な声色に、二人はすぐに返事をした。
「…後悔はしてないよね」
「?」
何の事だ、と庄左エ門は思った。
一体何に対しての後悔なのか、まったく分からなかった。
それなのに、
「…えぇ」
「分かってますよ」
何故、二人は分かっているのだろうか。
話についていけない庄左エ門は、三人を交互に見ることしか出来なかった。
「そう…――」
二人の力強い返答に恭弥は何も言わず、ただそう呟いた。
「…お、見えてきましたよ」
「いやー、結構場所が遠かったみたいですねー」
三郎と勘右衛門の言葉にふと前を見れば見慣れた白壁が。
嗚呼、やっと帰ってきたのだ。
たった一日だけだったけれども、学び舎に、もう一つの家ともいえる場所に帰れた。
それだけでも、心が躍った。
だから庄左エ門は綺麗に忘れていたのだ。
――――…まぁ、悪いようにはしないけどね恭弥が小声で言った言葉を。
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