01
突然の爆発音。
勘右衛門に抱きしめられていた庄左エ門は迷わず爆発した方向へ目を向けた。
目の前に広がるのは赤く揺らめく炎。
「恭弥先輩…!?」
心配するのは自分の先輩。勘右衛門たちを見れば、じっと業火に見舞われている屋敷を見ているだけ。何故動かないのだろうか、どうして何もしないのだろうか。そう言いたかったのに、二人の眼は驚くこともなく一点を見ているだけ。
「は、鉢屋先輩!尾浜先輩!せ、先輩を…恭弥先輩を助けなくていいんですか?!」
「あぁ。心配ないよ、庄左エ門」
「そうそう。恭弥先輩がそう簡単に雑魚に殺られるわけないからね」
「で、ですがっ…」
恭弥の身を案じている庄左エ門の頭を三郎は優しい手つきで撫でた。だんだんと冷静になっていく庄左エ門は、小さく「すみません」と謝る。
「お前だって分かるだろ。恭弥先輩は学園一最強の人だって。あの人の右に出る人は居ない」
「…そう、ですね」
「だから大丈夫だよ、庄ちゃん!」
庄左エ門を安心させるように言う勘右衛門は、ぐりぐりと庄左エ門を抱きしめる。それを嫌にする事もなく、庄左エ門は疲れがどっと出たのか勘右衛門に身を委ねた。
三郎と勘右衛門が矢羽音で何かを会話しているのは分かったが、まだ自分に分かることは無く、そしてそれを尋ねようという気力もなく、庄左エ門は目を閉じた。
しかし、再び大きな爆発が起きた。
大きな音に、思わず肩が上下した。勘右衛門が心配そうにこちらを見ていたが、心配ないという意味で頷き屋敷の方へと目を向けた。
「…それにしても、遅いな…」
「そうだけど。恭弥先輩の事だ、心配しなくても大丈夫だろ」
勘右衛門の心配を消すように言う三郎。じっと屋敷の方を見ているのは変わりなく、けど、妙に不安に駆られる。
作戦と違うのではないだろうか。
三郎と勘右衛門の頭によぎったのはこの言葉。
人攫いが居るこの場所へ行く前に恭弥から聞かされた作戦内容では、これほど遅いはずだっただろうか。自分達は屋敷から離れた場所で待機しろと言われていたから、命令に背く事は出来ない。
どうすればいいのだろうか、と思っているとふと、業火の中で微かに見えた人影。
庄左エ門はまだ気付いてないだろうが、自分達には分かったその存在。
無意識に、安堵してしまった。
「…庄左エ門」
「は、はい…?」
「あっち、よく見てごらん」
三郎に言われ、燃える屋敷をじっと見つめるとユラリと揺れた人影が。そのシルエットに、庄左エ門は先ほどよりも断然安心したような表情を浮かべた。三郎と勘右衛門は、庄左エ門がその姿を目にしたところを見計らって、彼に近づいた。
ザッ、と地面を擦る音がしたかと思えば、彼は足を止めた。自分に近寄る後輩達の姿を見たからだ。ふと、彼は自分の得意の武器であるそれに返り血がベットリとついている事に気づき、錆びないためにもそれを振り拭う。雑草が赤く染まった。
「恭弥先輩!!」
「…」
三郎の声に前を向く。嬉しそうにしている後輩達のうちの一人に、抱きかかえられている子供に、恭弥は少しだけ目を細めた。
外傷は特にない。けど、目元が赤いところを見ると恐怖で涙を流した事が容易に分かった。そして、風に乗って微かに鼻を掠めた錆びた鉄の匂いに恭弥は小さく息を吐いた。
自分は、そこまでしろとは言っていない。
そう言いたいが、今は無事であることに喜ぶのが先だった。
「だいじょう、…ぶでしたね」
「無傷ですね、やっぱり」
「雑魚に殺られるわけないからね」
三郎と勘右衛門の心配は皆無だったようで、恭弥は二人を見て鼻で笑った。
恭弥が傷を負うことはあるのだろうか。
ふと、そんな疑問が二人の脳を掠めた。恭弥は二人を放置して、庄左エ門を見る。蛇に睨まれた蛙のように固まる庄左エ門に、恭弥は面白いと思いつつもじっと見た。
「っ…」
この時、恭弥に見られていた庄左エ門は怒られると、何か言われるのだろうかと思っていた。自分が不甲斐ないせいで、先輩達に迷惑をかけてしまった。学級委員長委員会として、自分は委員会の恥になってしまった、と。
兎にも角にも、まずは謝罪をしなければならない。その考えに至った庄左エ門は恭弥の名前を呼んだのだが、
「…勘右衛門」
「っ…」
見事に無視されてしまった。否、タイミングが悪かっただけなのかもしれない。というかそう思いたい庄左エ門は、安堵した時よりも青くなった自分の顔を簡単に想像することが出来た。
すると、何故か庄左エ門の身体は宙に浮かされた。脇の下には勘右衛門の手があり、まるで高い高いをしているような光景。別の事を考えていた庄左エ門は、突然の勘右衛門の行動に驚きを隠せない。
どうしたのだろう、と思っていると自分が辿り着いたのは委員長の背中。
「せ、先輩?!」
「…」
突然恭弥の背中に移動され、恭弥におぶされることに気付いた庄左エ門は驚きの声を上げた。それを無視して、恭弥はスタスタと、人攫いの屋敷を後にしようとしていた。
「ま、待ってください恭弥先輩!ほっ、他の被害にあった人達は…!」
「彼らは大丈夫だよ。直に目を覚ますだろうし、村から離れているわけでもないからね」
「で、でも…」
恭弥の言葉に渋る庄左エ門。同じ目に遭ったから分かるあの恐怖。たとえ人攫い達が先輩の手でやっつけられたとしても、まだ恐怖はあるはず。
それに、一番気がかりなのは…、
「庄左エ門」
「!」
頭の脳裏に霞んだ光景を思い出しかけた時、恭弥に呼ばれる。おぶされているから恭弥の表情を見る事は出来ない。
「な、何でしょうか…」
「……君が見たものは今すぐ忘れる事が出来るようなものじゃない」
「っ…」
「それを君はどう思うかは君次第だ。けど、」
それを恐怖として思うのは間違いだから。
それだけ言うと、恭弥は黙り地を強く蹴った。それに倣い、三郎と勘右衛門も地面を強く蹴り、恭弥の後を追った。
「……」
自分の見える景色が一瞬で変わる光景に、庄左エ門は驚きながらも、先ほどから黙っている恭弥に、いたたまれない気持ちが生まれた。黙っているだけじゃなく、何故かイラついているのは幼いながらも庄左エ門は気付く事が出来た。
「…」
自分の失態に、彼は怒っているのだろうか。
それなら、合点がいった気がする。
自分は、未熟ではあるものの学級委員長委員会の一人だ。学級委員長はクラスのまとめ役として、先に倒れてはいけない存在。
そう教えてこられた庄左エ門。だから、今回の事柄は自分の失態だ。
そこまで考えたら、庄左エ門は恭弥の忍服を強く握ってしまった。
謝らなければ。
庄左エ門の頭には、今、この事しか無かった。
「っ…恭弥、先輩…」
「…」
「ご迷惑をかけて、すみませんでした」
ポツリ、と蚊のような声で庄左エ門は謝罪した。
「自分が不甲斐ない所為で、このような事態を招いてしまって…」
「…」
「学級委員長委員会として、僕は、学級委員長委員会の恥で…、先輩の手を煩わせてしまって、」
自分が何を言っているのか、途中から分からなくなってしまった。けど、先輩の機嫌が悪いのはまだ分かった。
だから庄左エ門は謝る事しか出来なかった。
「迷惑をかけて、ごめんなさ、」
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