04
「……」
一人静かに六年長屋へと歩を進めていた恭弥。正門からかなり離れたというのに、まだは組達の泣き声が聞こえてくる。
だが自分には関係ない。
すると恭弥はふと足を止めた。
「中途半端に気配を隠すな。…咬み殺したくなる」
辺りには誰もいないのに、そう言い放った恭弥。
するとどうだろうか。
「流石、ですね」
「本当にな」
すぐそばの大木からガサリ、と揺らして二人の忍たまが降りてきた。恭弥は最初から気付いていたようで、特に何も思うことはなく淡々とした口調で言う。
「…何しに来た」
鉢屋三郎、尾浜勘右衛門。
そう、恭弥の前に現れたのは先ほどまで呆然としていたはずの二人。眉をひそめる恭弥に三郎は口角を上げて、冗談っぽく言った。
「先輩とご同行させて頂こうと思い」
三郎の返答に恭弥は一寸の反応もせず言った。
「僕は自分の部屋に戻るだけだけど」
恭弥の表情は見えていない。すると今度は勘右衛門が言った。
「じゃあ、俺達は先輩の部屋にお邪魔します」
「わざわざ咬み殺されたいの?」
「そういうわけじゃありませんよ。ただ、恭弥先輩と同じ時間を過ごしたいだけですよ」
何を思ってそう言うのか。
先ほどまでのあの動揺っぷりはなんだったのだろうか。
そう言いたいのは山々だが、彼らが何を思って自分と共に行動したいのかすでに分かっており、恭弥はため息を零して言う。
「…勝手にしなよ」
『勝手にさせて頂きます』
「けど、」
恭弥はトンファーをちらつかせて言う。
「僕の邪魔だけはするな」
そう言うと、二人は真剣な表情になって『諾!』と答えた。
***
「うっ、ふっ…」
「しょ、ちゃ……っ…うぅ…!」
ところ変わって正門前。
恭弥の期待を裏切られた返答に悲しみ、そして庄左衛門の安否を心配し涙を流すは組達に五、六年生は必死に落ち着かせようとしていた。しかし、恭弥の言葉が予想以上にショックを与えてしまったようで、どう上手く言っても泣き止まなかった。
泣きながら乱太郎は言った。
「ひばりっ、せんぱい…は…、ほんと…にっ…!っ…ほんとに、庄ちゃ…のこと…、なんにもっ…思って、ない…んでしょ…か…!!」
「……」
「なんでっ…、あんな…あん、なに…っ…」
泣き止ませようとしていた伊作は、一度口を開けて何か言おうとしたがすぐに閉じた。他の六年生を見ても、何かを言いたいのはわかっていた。
このままだと、この子達は“雲雀恭弥”という男を誤認してしまうかもしれない。
自分達は六年間共に過ごしてきたからこそ分かる事を、この子達はまだ分からないし気付かない。
そして彼も上手く、完璧に隠している。他人に、自分達にでさえも隠そうとする。けど、共に過ごし励ましあったからこそ分かることもある。
だからこそ、今言わなくてはならない。
「…乱太郎」
「い、さく…せんぱ…」
「君達はね、“雲雀恭弥”という男をね…まだ分かっていないんだ」
「…?」
伊作の言葉に、ゆっくりと、落ち着きが戻り涙も次第に止まってくる。乱太郎だけではなく、は組の子供達は伊作の話に耳を傾けた。
「庄左ヱ門の事が心配で不安になっていたから気付かなかったかもしれないけどね、恭弥は…あれでも庄左ヱ門を心配しているんだよ」
「ぇ…」
伊作の言った言葉に驚きを隠せない乱太郎達。すると、今度は仙蔵が言った。
「お前達には気付くことは出来なかったかもしれないが、私達には分かる」
「たぶん、五年も分からねぇはずだな」
「…………そうだな」
仙蔵の後を、文次郎と長次が続ける。小平太も金吾の頭をガシガシとかき撫でて言う。
「私達はずっと一緒にいたからこそ分かる」
「…恭弥はな、」
彼の後ろ姿を思い出して、留三郎は言った。
「尋常でないほど殺気を出していたんだよ」
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