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02



身も心もボロボロの仙蔵を支えるように腕を通した伊作は、仙蔵の呼びかけに応えることは無く怒り心頭で恭弥に吠える犬猫のように訴えていた。

「怪我人なんだよ!?どうしてそんな風に蹴ってどかすのさ!」
「言っただろ、邪魔って」
「怪我人に対する扱いが酷すぎるよ!」

もぉ〜、と怒りを通り越して呆れかけている伊作だったが、これ以上恭弥に小言を言うつもりは無いようで目を仙蔵へと向けた。

「大丈夫かい、仙蔵!」
「……」
「あぁもう、こんなにボロボロになって…っ、すぐに手当てするからね…!」

優しくゆっくりと仙蔵の身体を寝かして、伊作は持って来た救急箱を取り出す。包帯など見慣れた医療道具に、仙蔵は無意識に安堵の息を漏らした。
だが、何故彼らが此処にいるのか、仙蔵は知らない。
そもそも、恭弥と伊作は忍術学園にいるはずなのだから。

「…伊作、なぜ……」

何故此処にいるんだ。
恭弥と一緒に学園に残っていただろ。
学園はどうなっている。
みんなは。可愛い後輩達は無事なのか。
声に出していいたいが、言いたい事が多くあり過ぎて何を最初に言えばいいのか分からない。そんな仙蔵の想いは顔に出ていたのか、伊作はニコリと笑って告げた。

「恭弥と一緒に来たんだ。大丈夫、忍術学園は襲撃されてないよ。皆無事さ」
「どうやって……」

そこで、言葉は止まった。

「…いや、みなまで言わなくていい。愚問だったな」
「うん。そういうこと」

にこり、と伊作は笑った。

「咬み殺したんだな」
「一人でね」
「…何も言わん……」

痛みに顔を歪めるも、何処でも変わらない恭弥の姿に口元には笑みが浮かぶ。伊作も仙蔵の気持ちが分かるのか困ったように眉尻を下げて笑うが、治療を始める途端表情は一変。周りを全て遮断して手当てを始めた伊作を見た後、顔を横に向けて恭弥を見つめた。
恭弥が立っている場所には、先程までは七人衆の一人、剛羅が立っていたはずだった。しかし、その剛羅は今どこにも見当たらない。顔を動かさず目を動かし見れば、城の外壁から土煙が立ち上がっていた。思った通り、と言っていいのだろうか。
恭弥は仙蔵に止めを刺そうとした剛羅を城へ叩きつけたのだった。
恭弥の手にあるのは彼の獲物。暗中でも銀色に輝くそれで、彼は剛羅を一撃で城壁へ殴りつけたとでもいうのだろうか。有り得ないことだと彼を知らない者ならば言うかもしれない。しかし、恭弥を知る者は奴ならやりかねないと首を縦に振ってしまうだろう。
それが雲雀恭弥という男だからだ。
こちらを全く見ず、背を向ける級友の後ろ姿はなんとも頼もしい事か。
すまん、と声になっていない声でぽつりとつぶやいて、仙蔵は瞼を閉じた。

「……」

目を閉じ、リラックスした状態になった仙蔵に伊作は安心し、吐息を漏らした。
その光景を見た時、伊作は頭の中が真っ白になった。
片手で頭を掴まれ持ち上げられた級友の姿は、まるで死刑執行寸前に経ち合わされた気分だった。それだけで終わらず、流れるように地面に叩きつけた敵忍に伊作は怒りに顔を赤く染めた。やめてくれ、と声を張り上げて止めに入りたかった。しかし、それには距離が長すぎた。忍たまがよくする、周りにあるものを投げつけるのをしようにも、かなりの距離があった。必死に走って、何か出来るわけでもなく間に入って止めたかった。それなのに、仙蔵に最後の止めといわんばかりに振り下ろされる拳。
届くはずもないのに、手を伸ばした。
きっと誰もがもう駄目だと思ったその時。
あの男だけは自分達をいい意味で裏切ってくれた。

「(本当、敵になると恐ろしいけど、味方だととても安心するよ……)」

横を走っていた自分を置いて、風でも通ったかような錯覚。
次に前を見れば、迷うことなく敵に一撃を与えた恭弥の姿。
敵のことは、恭弥に任せる以外他は無い。
ならば、自分は自分の仕事を全うするしかない。

「(無茶だけはしないでよね、恭弥…!)」

そう願う伊作の思いなど露知らず、仙蔵を蹴り飛ばし、邪魔と言って遠ざけた恭弥。後ろで伊作が何か言っていたが、聞く耳を持たず、何処吹く風なのはいつものこと。
邪魔だったんだから邪魔といっておかしくない。
そう持論したい恭弥だが、これを口にすればまた伊作が怒り出すのを分かっているため何も言わずに無視を貫いたのだった。

「…」

だが、これで自分の邪魔をする者はいない。
ゆるりと笑みが浮かんだのが分かった。

「ねぇ、いつまでそんなところで伸びてるつもりなの。さっさと起き上がりなよ」

そう声を掛けたのは、伊作でも仙蔵でもない。
前を向いている恭弥の視線の先にいるのは、土煙が立ち昇る崩れ落ちた城壁。
そこに、恭弥の獲物がいる。
パラ、と石屑が落ちて音を立てる。静かな外にはそんな微々たる音すらも耳が拾い上げる。しん、と静まり返った空間。
次の瞬間。

「ハッハァ!!こういうのを、俺は待ってたんだよォ!!」

自身を下敷きにしていた石垣の石を跳ね飛ばし、剛羅は大笑いを上げながら恭弥へと駆け出してきた。ドス、ドス、ドスと歩く度に響く地鳴り。その振動に仙蔵の身体も揺れ動き、伊作も仙蔵も治療どころではなくなり恭弥の戦いに目を向けた。
ゴキ、と肩を鳴らし瓦礫から現れた剛羅を恭弥はじっと見つめるだけ。
さきの一撃。頭を大きく揺さぶる強打であったが、あれだけでは流石に倒すことはできなかったようだ。
馬鹿力で図体のデカイだけが取り柄ではなさそうだ。

「なに笑ってんだァ?まぁ、いい。てめェはそこのオンナ男とは違って、ちったぁ殺り合ってくれるみてぇだな」

無意識に口元が緩んでいたのか、剛羅が片眉を上げてこちらを見てきたが、そういう彼もまた笑みを浮かべていた。

「君みたいに戦うことだけしか能がないように言わないでくれるかい?君と僕が同族とでも?気に食わないな…」

チャキ、とトンファーを構えて恭弥は嫌悪感丸出しにした。そんな恭弥に剛羅がハッと大げさに鼻で笑った。

「俺ぁ、俺を愉しませてくれる奴を待ってたんだよ。俺を、ガッカリ…」

ドンッ、と大砲の如く男は駆け出した。

「させんじゃねェぞ!」

巨体に似合わず俊敏な動き。
瞬く間に恭弥の前に現れた剛羅に伊作と仙蔵は息を呑む。
仙蔵同様、恭弥に向かって大きく振り上げられた拳。

「死ねやァ!!」

微動だにしていない恭弥に、級友たちは言葉を失う。

ドン

はずだった。

「!?」
「………」

地面が抉れ、地割れを起こす。

「なっ…!」

剛羅は目を見開いた。
ピクリとも動かない右手。前へと押しやろうとしても、それも叶わない。
力が相殺されたのだ。強大な力がぶつかり、それにより生まれた風圧と威力で地面がくぼんだのだ。
どういうことだ。
なんで、前にいかねぇんだ。
目を見開き、剛羅は動揺を隠せない。力を込めても、ピクリとも動かない。
自分の前にいるのは、たった一人の餓鬼のはず。
それなのに、何故。

「ねぇ」

なぜ、自慢のこの拳は敵を捉えてない。

「これで終わりなの?」

凍てつく眼光が剛羅を捉えた。

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