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01



「さて、と。そろそろ無駄話は」

ゴキ、と骨を鳴らす。

「終いにしようや」

ニタリ、と歯を見せ笑う忍七人衆が一人───剛羅。俯きがちではいるが、視界に男を映した仙蔵は動くことすらままならない。悔し気に、そして痛みに顔を歪める仙蔵を見て剛羅はさらに笑みを深めるだけ。ドスン、ドスンとわざとらしく音を立てて仙蔵へ歩み寄る。影が仙蔵を覆う。

「安心しろ、てめェのお仲間さんもすぐに後を追ってくる。なぁに、独りじゃねェ」
「っ…ふざける、な…!」

城の中から聞こえてくる轟音。自分が相手をしているこの男の強さが同じ、もしくはそれ以上である敵と戦っている級友たち。
我々は、浅はかだとでもいいたいのか…!
奥歯を噛みしめ、悔しさを露骨に表情に出す仙蔵。だからだろう。
目の前まで迫りくる敵の手に気づくことができなかった。

「!?っ…ぐぁ…!」

視界が暗くなる。顔面を強く掴まれたまま、仙蔵は持ち上げられた。両腕を折られ、剛羅の手を掴むことさえ出来ない仙蔵は抵抗もできないままだ。足をジタバタ動かすだけで、それが滑稽に思えたのだろうか、剛羅は「こりゃ面白いぜ」と吹き出すように笑いだしたのだ。
屈辱的でしかなかった。
どうにかして突破口を見つけねば、と冷静さを欠けぬようにする仙蔵だったが…。

「おいおい、この状況でもまだ何かしようとしてんのか、よ!」
「ぐああああ!!」

手に力を加えられ、耐え切れず痛みをに声を上げる仙蔵。頭を締めつけるような痛み。この男の圧力はなんなんだ、と冷静な部分がそう問いかけてしまう。このままでは握力だけで頭蓋骨を破壊されるやもしれない。必死に抵抗しようと足蹴りでこの拘束を解こうと必死にもがき苦しむ仙蔵を見て大笑いする剛羅だったが、次の瞬間。

「ふんっ!」

思い切り、仙蔵を地面に叩きつけた。
ドゴォン!と再び地響きが鳴る。あまりの威力に、地面が僅かながら凹んだのが分かった。

「が…ッ…!」

背中から強打し、肺の空気が強制的に押し出される。血反吐を吐き、あばら骨が折れた音が仙蔵の耳に届いた。口の中に広がる錆びた鉄の味。今までに受けたことのない痛みに一瞬意識が遠のく。

「あちらさんを倒したって聞いてたが、所詮この程度ってわけか」
「?……っ…」

剛羅のつぶやきに眉をしかめたが、声を出そうにも出す気力はなかった。
ヒューヒューと自分のかすれた呼吸が耳に入る。視界は霞んで、剛羅の姿が朧気になっていく。警鐘が脳内で響く。仙蔵自身もわかっている。この男の攻撃を躱さなければならないことを。しかし、両腕を折られ、体を動かすこともままならない。
今の仙蔵の状態では、どうすることもできなかった。

「つまんなかったぜ。もっと、俺を愉しめる奴と殺りあいたかったよ」

嘆息めいた息を漏らし、剛羅は地に倒れた仙蔵を見下ろした。何か言おうとしても、声が出ない。

「そんじゃ、あの世でお友達を待ってろよ」

ぼやけていく。
もう、仙蔵は半ば諦めかけていた。
この状況で、自分自身の力が摩訶不思議に強くなるわけもない。そんな御伽草子のようなことが、あるとは思っていなかった。
自分が待っているのは“死”のみ。
剛羅が大きく拳を振り上げた。

「じゃあな、オンナ男!」

止めを刺すべく、振り下ろされる。

「(もはや、ここまで…か…)」

フッと自嘲的に笑みを浮かべ、仙蔵は目を閉じた。

「やぁ」

聞き覚えのある声が耳に入った。

「随分と、みすぼらしい恰好じゃないか」

刹那。

ドゴォォン!!

吹き荒れる風と同時に聞こえたのは、何かがぶつかる音。
そして、自分にはまったくこない痛み。

「………」

閉じた瞼を開いて、仙蔵は目を白黒させた。

「弱いな。いったい何に手古摺っていたのさ」

小馬鹿にする物言い。発せられた声からでも分かる、興醒めな態度。
最初に仙蔵の目に映ったのは、見覚えのある緑だった。
忍術学園六年生を指す色。自分も着ているし、級友たちも着ている、最上級生を象徴する色だ。
だが、この場には自分以外の同級はいない。
ならば、誰か。
此処にはいない、忍術学園にいるはずの級友たち。
そしてその聞き覚えのある声に該当するのはたった一人。

「なぜ、お前が……」

こちらに背を向け佇む者。
彼こそが、忍術学園で最恐にして最強の男。

「どうしてお前がここにいるんだ、…恭弥……!」

雲雀恭弥がそこにいた。


***


ニセクロバリ城の城郭の外の城門をすんなりと通り、中心へと向かっていた恭弥と伊作。周りで人の気配がしないことに伊作は不審そうに辺りを見渡した。忍術学園で感じていたような重苦しい殺気も感じない。それもそうか、と伊作は一人で納得をする。先ほどまで居たであろうこの城の者達は自分達の学び舎で殲滅されたのだから。
目の前の男一人によって。
今まで敵を憐れんだことはなかった。たとえ保健委員であったとしても、怪我をした人を見捨てることができないのは最早癖に近い。でも、今回の敵には同情してしまう。重傷、というか瀕死にされるとは思わなかったはずだ。否、死を覚悟していたとしても、たった一人に部隊を殲滅されるとは思いもしなかっただろう。
しかし、群れている者達に対する執念とも言えるべき恭弥の行動に伊作は呆れではなくもはや関心の域に達している。やはり哀れにしか思えない。彼らは、否、忍術学園を敵に回せば恐ろしい存在を敵に回すということを知らなかった。
そんな敵の根城を目の前にして、伊作は皆は何処にいるのかと視線を忙しなく動かした。決して賑やかとは言えない城郭。月が雲に隠れ、一寸先は闇。その闇の向こうから轟音や地鳴りがこちらまで伝わってくることから。此処に先遣隊がいるのかは分かる。それは此処に来るまでに仕掛けられた罠が発動していることからも分かることだが。

「恭弥……」
「………」

堪らず声をかける。
雲が風に流され、月が顔を出す。
伊作の声掛けに応える様子の無い恭弥は、月を背にそびえ立つ天守閣を見上げたかと思えば迷うことなく歩を進めた。慌てて伊作も後を追う。周りを警戒しているとはいえ、気配が一つもない事にヒヤリと冷たいものが背中を伝う。
無事でいて欲しい。
保健委員として、友として、先輩として、伊作はただただ願うしかなかった。
だからこそ、気付かなかったのだろう。

「………」

捕食者の如く目を輝かせ、口角を上げた恭弥を。
伊作は見る余裕すらも無かったのだろう。


***


本来ここにいるはずのない恭弥が目の前に存在していることに、仙蔵は瞠目する。言葉だけで足りない思いが、視線に込められる。自身へ目を向ける仙蔵を一瞥すらしない恭弥は真っ直ぐ前を見据えていた。鋭い眼光は相手を目で殺すほどだったが、仙蔵には恭弥の様子を察する余裕は存在しなかった。すると、恭弥はくるり、と仙蔵のほうへと体の向きを変えた。呆然としたまま恭弥を見つめることしかなかった仙蔵は、阿保面に思える面立ちで自分の方へ近付いてくる恭弥をただ見つめることしかできなかった。
それでも何か言わねば、と思考は働いているようで開口一番級友の名前を呼ぼうとして、

「きょ…」

ドガッ

思いきり、蹴りを入れられたのだった。

「──は?」
「邪魔」

待て、それがさっきまで孤軍奮闘していた級友に対する仕打ちか。
蹴とばされた仙蔵の身体はボロボロだ。そんな状態の彼が受け身をとることができるだろうか、否、できるはずがなかった。今度こそ身に受ける痛みを待ち構えようと、強く目を瞑る。

「ちょっとォォォ!?」
「!」

しかし、どうやら身構えなくていいようだった。
決して柔らかくないが、何かに包み込まれる。

「怪我人なんだから大切に扱ってくれないかな!?」

そう言いながらもしっかりと仙蔵を受け止めたのは、恭弥ともう一人、学園に残っているはずの級友。

「いさ、く……」

善法寺伊作の姿がそこにあった。

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