02
下の階から「勝負だァァァ!!!」という留三郎の声と、ぶつかり合う金属音を耳にしながら、勘右衛門達は上へと目指していた。階段につけられたそれ。まるで自分達を上へ上へと誘っているかのように、頼りない灯が彼らを照らす。
「ったく、この場面で変わんねぇなアイツ…」
「なはは!留三郎らしいではないか!」
「モソ……。……そうだな」
六年生は呆れ半分な様子でそんな言葉を口にした。その会話を耳に入れながらも五年生は互いに目を合わせて笑い合う。信頼しあっているからこその態度。先ほどとは一変した様子ではあるが、その心の奥底では留三郎が必ず自分達を追いかけてくると分かっているのだ。
過保護と信頼は違う。信頼しているから、先に行こうとする。信頼していないから、足が止まってしまう。自分達がどういう立場であるのか、そして、何のためにいるのかを考えさせられた勘右衛門。最上級生との壁が改めて気付き、自分の考えが甘いと言うことを思い知らされたのだった。
ほんの少しの緊張の緩み。しかし、すぐに忍の顔となり彼らを上へと歩を進めた。
大事な後輩を、大事な仲間を救けるために。
そしていつもと変わらない日常を取り戻すために。
その思いを胸に、上の階に足を踏み入れた。
「待ってたよ」
そうして勘右衛門達を待っていたのは、小柄な少年だった。
「ずいぶん遅かったじゃないか。此処に来るまでに野垂れ死んだのかと思ったよ」
「…………」
「こんな何の価値もない相手をするなんて面倒だ」
「………」
「さっさとお前達を……。………おい、さっきからなんで黙っているんだ」
始終無言の様子の忍たまたちにしびれを切らして少年はつい突っ込んでしまった。こちらを凝視するような忍たまたち。
唇を震わせて声を発したのは、雷蔵だった。
「………こっ、」
「「「「……子供?」」」」
思わず首を傾げてしまった五年生四人。
思っていた事は同じなのか、六年生もまた無言でうなずく。
「んなッ…!失礼だな!僕はこうみえて数え年で二九だ!!」
『はァ!?』
素っ頓狂な声を上げてしまう忍たまたち。一方で、男は俺たちの反応をすでに見てきたような態度で「くそっだから姿を見せたくなかったんだ!」と悪態をついていた。本人の口から出た言葉でも信じがたいのか「嘘だ!文次郎と同じくらい嘘だ!」と否定を繰り返す小平太。その隣で文次郎が「おい失礼だろそれは!というか、それはどういう意味だ!」と言っているが、聞こえないフリ。
そんな横で、自分達と変わらない見た目をした敵忍を八左ヱ門はまじまじと見る。
自分達と同じか、もしくは低めの背丈の男。夜目が効いているとはいえ顔をはっきり見えないため、曖昧ではあるがおそらく童顔であろう。声質も高めであったため、忍たまたちは全員が自分たちと、もしくは自分たちよりも年下だと勘違いしてしまったのだ。
しかし、そんな茶番は長くは続かなかった。
「フン。僕の事なんてどうだっていいだろう。何せ君たちは」
「!」
「此処で野垂れ死ぬんだから」
どこからともなくクナイが放たれた。暗闇の中で一瞬光ったそれに反応してみせ、防いだのは長次と小平太。カンキンカンッという金属音を響かせて床に落ちるクナイの数は十余り。多方向から放たれたために、まさか他にもまだいるのか、と警戒する忍たまたち。しかし、それは敵である男から否定された。
「残念だけど、ここには僕しかいないよ。といっても、君たちは卵ながら忍者だ。そう易々と他人の、敵の言葉を信じるとは思えないけどね」
上から目線の口調で言う男に勘右衛門たちはその通りだと内心思った。たとえ事実であろうとそう鵜呑みにするつもりはない勘右衛門たち。だが、このまま此処で時間を無駄にするわけにもいかない。下の階では仙蔵と留三郎が戦闘を行っている。そんな悠長なことをしている余裕は自分達には無い。そして、捕らわれている三郎達が今もなお何かされていると思えば、気が急いてしまう。
どうする、と再び考える勘右衛門の隣を一人の友が一歩前に出た。
「勘右衛門、先に行くんだ」
迷う姿を見せることなく、そうきっぱりと言った。
ハッと驚くのは自分だけでなく、友人たちも先輩たちも同じだった。
「雷蔵!」
「時間を無駄にするわけにはいかない。……先へ!」
敵から目を一瞬も逸らさずに告げた雷蔵。今まで仙蔵と留三郎と、言われた通りに上へ目指していった。しかし、今回はまた違う。大事な級友の一人を置いて向かうことがまだ勘右衛門の中では出来ていなかった。それは兵助と八左ヱ門も同じだった。
仲良しな五年生。そう言われるように、彼らは本当に互いに信頼し合っていて仲睦まじい。素敵な光景。しかし、一歩箱庭から出てしまえば危ういもの。
その絆が強固過ぎると、あの箱庭を出ていざ戦場で相見えば躊躇ってしまう要因だ。
たとえいつかそうなったとしても、今は今。
切磋琢磨し合っている仲間を見捨てることは勘右衛門には出来なかった。
「行け」
そんな彼らをもうひと押しするように、低く落ち着いた声が彼らの耳に届いた。
雷蔵の隣に立つのは一つ上の者。
「ここは、私達が……相手をする」
「中在家先輩…!」
頼もしい委員会の先輩に雷蔵はわずかに笑みを浮かべた。
「へぇ……」
忍たまたちの様子に男はほくそ笑む。
「尾浜、行くんだ。我々の目的を見誤るな」
得意武器である縄ひょうを手に長次は部隊長へと言った。
「っ……」
感情を捨てろ。
まるでそう言われたような気がした。
勘右衛門は何も言わなかった。代わりに了承したのは文次郎だった。「行くぞ」と勘右衛門達に言って、上へ続く階段へと向かった。兵助たちも拒むことも出来ず文次郎たちの後を追う。
勘右衛門は一歩も動けなかった。
「勘右衛門」
名前を呼ばれる。
見ると、いつものように全てを包み込むような朗らかな笑みを浮かべる級友。
「大丈夫。中在家先輩と一緒に、僕もあとで向かうから」
さも当然のように、雷蔵は言った。
迷い癖のある同級生。敵忍に指摘され、悩まされた時期もあった。裏の裏をかきすぎて、課題をしないまま夏休みを終えたこともあった。
そんな彼が、今、迷いを見せることなく意を決している。
そんな雷蔵の覚悟を踏み躙るわけにはいかない。
「っ、待ってるからな、雷蔵!」
「うん」
勘右衛門の言葉に一言、そう返す。こちらを見ることもなかった雷蔵。勘右衛門も同じように雷蔵の方へと振り向くことはなかった。
そんな様子を感情が籠っていない目で見ていた男は「なんだ」と少々ガッカリした様子だった。
「君たち全員で僕の相手をしてくれると思ったのに」
「………モソ」
「?」
「……モソ。モソモソモソ」
ぼそぼそと呟き始めた長次に男は訝し気に見た。距離があるため聞こえない。いや、距離があったとしても長次の声は男には聞こえなかった。
まるで蚊のような小さな声を、聞き取れるのは少ないのだから。
「ねぇ。なに言ってるんだ、彼は」
思わずこの場に残ったもう一人の忍たまに男は訊ねた。
「では、失礼して…」
「モソモソ。モソモソ」
「【我々の目的はあくまで救助。時間をかけるつもりはない】と、彼は言っています」
「まさかの同時通訳!?」
これが忍たまのお約束。
というよりも、図書委員会の名物の一つ。中在家長次の声を聞き取れる彼だからこそできる技術であった。
しかし、この場ではただの茶番でしかなかった。
「僕を舐めてるのかい?」
「!」
「っ!」
ぶわり、と自分達に放たれる殺気が巨大になった。
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