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01



ニセクロバリ城城下付近まで来た恭弥と伊作。三日月の頼りない月光の元、眼下に晒された光景に、伊作は息を呑んだ。

「ど、どうしたのコレ…!」

城下町の外れの森。忍の侵入経路には使われやすそうな人気の無い森は、普段見せないような光景が広がっていた。
木々に突き刺さった矢やクナイ、手裏剣。
それは一方向ではなく多方向であった。上から降り注いできたものがあれば、左右から放たれたものであるとわかるのもあった。
さらに足を進めば、思わず青ざめてしまうような絡繰が仕掛けられていた。
人形のようなものが斧を持ったまま横たわっている。同じようなもの、しかし持つ武器は違い、まるで拷問部屋にでもいるような感覚だった。

「これ、全部ニセクロバリ城の……?」

もはや戦場に近いほどの悲惨な現場。何があったのか分からないし想像もしたくないが、折れた大木や綺麗に幹を切られている木々。仕掛がまだ残っているのか分からいため、周りを警戒しながら慎重に歩く伊作とは反対に、罠など怖くもないといわんばかりに我が道を進む恭弥。

「へぇ、面白い絡繰り人形ばかりじゃないか。見てみなよ、伊作。これなんか、中に人間を閉じ込めて串刺しにするみたいだ」
「見せなくていいから!!」

すでに壊れて動けなくなっている人形を手にして見せるが、伊作に拒まれる。まじまじと見ながらまるで魔女狩りに使われた拷問機具のアイアンメイデンのようだと、恭弥は内心呟いた。
その時だった。

「!」

弾かれたように恭弥は月を背後にそびえ立つ城へと目を向けた。
その瞬間を見ていなかった伊作は、ニセクロバリ城を睨みつける恭弥を首を傾げて見ているだけだった。何かあったのだろうか、と疑問を抱くが伊作からは恭弥の顔を見る事はできなかった。
けれど、視えなくても分かることはある。

「…っ……」

思わず固唾を呑む。
呼吸を一瞬忘れてしまうかのような、彼の重苦しい殺気。
それは自分に向けているのではないかと錯覚を起こしかける。

「伊作」
「!な、なに…?」

声が裏返りかけたが、恭弥は何も言わなかった。否、そんな余裕が“彼”には無かったのだ。

「……“急ぐぞ”」

普段とは違った口調に、伊作は気付くことが出来なかった。


***


仙蔵が自ら残り戦い始めた轟音が聞こえた頃、他の救助部隊のメンバーは城内へと潜入した。城内の構造は事前に詮索することは出来なかったため、三郎達がいる場所を知ることは出来ていなかった。だからといって、このまま帰るはずもない忍たまたち。勘右衛門は六年生の意見も聞きながら、判断を下した。
それは、一つ一つ上がって行くことだった。

「おそらく、兵助が出会った直属の忍部隊は俺達を待ち構えているはずです。地下に通ずる道は無かった。なら、忍び込むことはしないで、中央突破で三郎達を助けるしかありません」
「忍者のたまごの俺達が忍ばないとはな……」

自嘲めいた笑みを浮かべて文次郎はそう口にした。それに何か言うつもりもない勘右衛門は苦笑を浮かべるだけだった。自分達が学び培ってきたものが役立つことが無いと言ってしまうようなもの。しかし、自分達の役割は三郎達を救出すること。避けて通れないのなら、向かって行くしかなかった。

「俺達を待ち構えてやがるあいつ等がどんだけの実力があるか知らねぇが、やってやるよ」
「食満先輩……」

真っ直ぐ目の前の空間を睨みそう言う留三郎。勘右衛門は言い難い気持ちで見るだけだった。そうして二階へと通ずる階段を忍び足で進んだ先にいたのは…。

「やぁ、待っていたよ」

ニコリ、と笑顔を浮かべて待ち構えている男。
忍七人衆の一人―――!
身構える勘右衛門達に男はクスリ、と妖艶な笑みを浮かべる。しかし、その手にあるのは、刀とは言い難い変わった形の刀剣。刀身は節のような切れ目があり、その形は若葉のようにも見えた。この城に入ってから只者ばかりではないと分かっている忍たまたちは警戒心を強めた。殺気にも近い視線に男は「物騒じゃないか」と怖がる素振りを見せていない。
そして、隙が見当たらなかった。

「……っ…!」

どうここを抜けるか。隊を率いる長を任された勘右衛門は必死に考える。すでに一人、仙蔵を任せているが、自分達が今敵対している彼らは一筋縄ではいかないことは分かっているのだ。
全員で倒すか、もしくは隙を突いて先へ向かうか。
その時だった。
自分の前に一人の者が立った。

「此処は、俺が相手をする」
「!!食満先輩…!」

学園一の武闘派と謳われる六年は組食満留三郎だった。
驚く勘右衛門たち五年生とは違い、六年生は無言で何の反応も示さなかった。何も言わないのか、と声には出さなかった兵助は先輩である六年生たちを思わず凝視した。自ら名乗り出た留三郎。仲間として心配ではないのだろうか。何も思わないのだろうか。六年生はただ黙って見ているだけだった。
否、違った。
言うつもりは無かったのだ。
自分達がすべき事を分かっているからこそ、何も言わないのだ。
此処にはお遊びで来ているわけでも、訓練で行っている疑似体験ではない。
本物の戦場なのだ。
まず最初にそう気付いたのは勘右衛門だった。

「……分かりました。お願い、します…!」
「勘右衛門…!」
「おう」

本気なのかと意味を込めて名前を呼んだ雷蔵だったが、被さるように返事をした留三郎が歩いたことで引き留めることが出来なかった。自分達の前に立った留三郎を横目に、勘右衛門はそれ以上言葉を口にすることなく上へ続く階段へ向かったのだった。彼に続くようにして、六年生も無言のまま階段に足を掛けた。部隊を率いる隊長や先輩がそのような態度であれば、自分達は逆らうことはできない。不安そうな眼差しを留三郎に向けて、兵助たちも階段を駆け上がった。

「………」

敵である男は追いかけることはしなかった。むしろ、平然と見送り、一人この場に残った留三郎に笑みを向けたのだ。

「頼もしいじゃないか、君」
「………」
「君がこの城に就職すれば、僕が手ほどきをしてあげたいと思ったのに、残念だ」
「たとえこの事が無かったとしても、俺はあんたらの下に就きたいとは思わねェ」

目を鋭くし、そう言い捨てた留三郎。そう言われた男は「残念だ」と思っても居なさそうな言葉を口にして改めて構えた。
自分達の素性が知られている。
男との会話で気付いたことに、留三郎はさらに警戒心を強くした。自分達の身なりは任務用や実習用とは違い、学年ごとに色分けている忍服だ。そうであったとしても、深緑、群青といった色別ではどちらが上であるかは分からない。それなのに、自分に向けて男は「就職すれば」と言った。就職、ということは己の立場が卒業生であり就活生であるということを告げている。つまり、自分の深緑が最上級生と知られているということだ。
忍術学園は常日頃、多くの城仕えの忍に観察されていることがある。それでも、忍術学園の秘密は隠されている。
この男は、否、この城に仕える忍七人衆は侮れない。
ゆるりと張り付けられた笑みをそのままに、男は言った。

「仲間を先にいかせて、自分は残る。仲間想いの君に敬意を示そう」

忍らしからぬ佇まいで彼は刀剣を構えた。

「僕は忍七人衆の一人、貪狼。僕を、飽きさせないでくれよ」
「忍術学園六年は組、食満留三郎。…勝負だァァァ!!!」

ならば、自分もまた名乗ってやろうではないか。
金属同士が交じり合った音が矢継ぎ早に聞こえてきたのだった。

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