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「#幼馴染」のBL小説を読む
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03



立花仙蔵はい組に属しているだけあって成績優秀である。特に火薬の扱い、知識にかけては忍術学園一であり、冷静沈着で優秀な生徒であると教師の間では評されている。クールな一方で茶目っ気なところもあり、よく文次郎をはじめとする同級生をからかっている光景が見られる。
何が言いたいのかというと、仙蔵は口での喧嘩は強いかもしれないが、武術となると他の同級生に比べると劣ってしまうのである。

「っ!」

忍者となれば思わぬ敵と遭遇し止むを得ず戦うことも多々ある。忍術、武器での戦いだけで忍者とは言わない。知識はもちろん、なにより体術をこなさなければ自分の身体を思うように動かすことなどできない。日頃から鍛錬馬鹿達と稽古をつけてはいるが、体格差故に仙蔵は力任せな事が出来てはいなかった。相手の力を借りて、一発で急所を当て戦闘不能にするような事を得意としている。
それ故に、今自分が戦っている男とは相性が最悪だった。

「おいおい、お前、体術はからっきし駄目なのか?」
「っ、私を舐めるな!」

利き腕を折られてもなお男と戦う仙蔵。
掌底打ちをしようと懐に入り、突きだすがそれを躱される。分かっていたのか、仙蔵は回し蹴りを放とうとするが、それも見破られる。
口で負かすのは簡単だろうが、この男はそう簡単に挑発には乗ってくれなさそうだ。
戦っている最中にも関わらず冷静に分析する仙蔵。何度も攻撃を繰り返すものの、男は躱すか手で弾いたりと、自分から攻撃をすることはしなかった。完璧に舐められていると分かり、仙蔵は自分が相手の術中に嵌っている事など承知の上だった。
しかし、この男の足止めをしなければ文次郎たちが三郎達を救助する邪魔をされてしまう。

「(なんとしでも、時間稼ぎをしなければ……!)」

学園のため、仲間のためにと奮闘を繰り返す仙蔵。

「あーあ」

だが、そう簡単に思い通りにいくはずがなかった。

「!」

わざとらしいほど抑揚のない声だった。
ハッと男を見た仙蔵は、冷ややかな目と視線が交錯した。

「お前、弱ェ。弱すぎる」
「は…?」

自分を馬鹿にされたと、敵の価値にもならないと、そう判断されたと同時だった。
先ほどまで回避ばかりしていた男が動き出したのは。
掌底打ちを繰り返していた仙蔵の腕を掴み、下から膝打ちをした。
ボキ、と小枝を折るかのように一瞬で不自然な方向に折れた自分の腕。
目を瞬くよりも、次の攻撃が仙蔵の身に与えた。
ボゴッとくもりがかった音が耳に届いた。それだけでは飽き足りず、ミシミシと脇腹が悲鳴を上げた。

「っ……!」

声を出すことも許されないまま、仙蔵は城壁へと叩きつけられたのだった。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
目で動きを捉えるよりも早く、男は仙蔵に攻撃をしたのだ。
一度ではなく、二、三度の連続を。
城壁に叩きつけられ、背中にも大打撃を受けた仙蔵はそのまま荒い息遣いのまま地面に座りこんでしまう。

「ぐっ……う…!」

全身の至る所から悲鳴が上がる。指一本動かしたくても、脳の伝達を拒まれ動くこともままならない。
今までに受けた事のない痛みだった。

「少しは俺を楽しませてくれると思ったが、餓鬼はやっぱ餓鬼だな。所詮その程度か。お前ェの考えに乗ってやったってのに、拍子抜けだぜ」
「っ…なんだ、と…?」

聞き返され、男は仙蔵が好まない下品な嗤い声を上げて、面白げに言った。

「お前達の目的はあくまで餓鬼共の救出。いちいち敵さんに相手するのは時間の無駄。そういう事だろ」
「っ…勝手な憶測で判断するというのは、感心しないな…。……だが、貴様が邪魔をするのであれば私が相手をするだけだ」
「弱いクセによく言うぜ。…けど、お前の言う勝手な憶測ってのは、いったいどっちの事だろうな」
「…なに……?」

男の言葉に仙蔵は眉を顰めた。痛みも相俟ってかどうかは分からないが、不可解だと言っているような表情だった。疑問を抱いた仙蔵に向けてから、はたまた自嘲にも見えた笑みを浮かべ、ガシガシと頭を掻きながら仙蔵が理解していない事を男は教えてやった。

「生憎な事に、俺ァ考えるのが苦手でな。こういうのは他の連中がやってくれるんだわ。俺は聞いた話をそのまま口にしているだけってワケ」

一瞬、二人の間に無音が生まれた。
理解するのに数秒掛かってしまったのは、普段冷静沈着だといわれている仙蔵でも無理もない事だった。
この男は自分を頭脳派ではないと断言した。こんな所で謙遜する事など、ましてやこの男がするとは思えない。外見的判断というものはあまりしてはならない事だが、忍者のたまごである仙蔵は思わずしてしまったのだ。それをひとまず置いておいて、男は冴えた頭脳を持っているわけではなく、他者から聞いた事を口にしたと言っていると言ったのだ。
男以外の、仲間の誰かから。

「……まさか」

嫌な予感が彼を襲う。
男が言っている言葉の裏の意味。それを理解した瞬間、仙蔵は自分達がした行いを後悔してしまったのだった。
仙蔵の考えている事が手に取るように分かった男は、豪快に笑うわけでも嘲笑でもなく、してやったりといったようにニヤリと口角を上げた。

「お前ェは俺とは違って頭の出来は良いみたいだな。お前が思っている通りだと思うぜ」

男は自分の後ろにそびえ立つ天守を指で差した。
や否や。
城内から銃声が響き渡った。

「っ…!?」

首だけを動かし、仙蔵は何が起きているのだと戦慄した。だがこの状態で行けるはずが無い。歯痒い気持ちになりながら、男に殺気の籠った目を向ける。決して屈しないと、殺される気は無いと語っていた。
そんな仙蔵に男はハッと鼻で笑って口を開けた。

「良い事を教えてやるぜ」
「…っ……」
「お前らはこの城がもぬけの殻だと思ってたようだが、外れだ」

分かっている。
ヒューヒューと呼吸音しか出ない口唇を動かした。男の言葉に秘めた意味。それが何を差しているのかも、自分達がどれだけ浅はかであったかも。
それは、男の他にまだ敵は居るという事。
そしてその敵の中にはキレ者が居るという事。

「此処は俺達の城だぜ。俺以外の≪忍七人衆≫が居るのは、なんら可笑しくもない話だろ?」

わざとらしく見せた歯が肌を粟立たせた。


***


ミシリ、と歩くたびに軋む音を鳴らす床。
ギィィ、と振り子のように揺れる縄にあわせて不気味な音を奏でる柱。
ポチャン、と筋をつくり不規則に垂れていく赤い雫。

「……そろそろ、教えてくれてもいいのでは?」
「…、………」

頼りない月光が照らすものは。
ゆらり、と霞がかかるものは。
虚ろな眼差しになりながらも少年は頑なに口を開かなかった。
恐怖を抱かないわけではなかった。
もう少しだ。
きっと、来てくれるから。
けれど、少年の心もまた限界に近付いてきていた。
楽になりたい。
けれど、その先に待っているのは己が求めている者ではない。
ならば耐えろ。耐え続けろ。
だが、もう、いいのではないか。
悪魔が甘美な言葉を囁く。

「さぁ、解放されましょう。楽になりたいのでしょう」
「……ぁ…」

駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。
意識をしっかり保て。
何をされようが、決して屈してはならない。
でも、心は悲鳴を上げていた。

「         」

声は出なかった。

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