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02



自分達の前に立ちはだかった大男。その者から発せられるただならぬ気配に、五年生六年生は警戒心を強めた。殺気を向けられているのにも関わらず、男は痛くも痒くもない様子で忍たま達を見る。
ハッと小馬鹿にしたような笑い声を上げて。

「お前ら、アレだろ。あの餓鬼共のお仲間か?」
「!」

敵の言葉に反応するな、と日頃の教えがあったのにも関わらず彼らは体を動かしてしまった。それを逃すはずもなく、男はなるほどなァと顎に手を置いて二、三度頷いた。

「ご苦労なこって。わざわざ死にに来たようなものじゃねェか」

暗に実力差も分かっていないと言われているようなものだった。

「貴様…!」

らしくもなく文次郎が挑発に乗せられかける。得意武器である袋槍を手にしたまま大男に向かおうとした文次郎であったが、目の前に差し出された手に足を止めた。
自分を制したのは同室の彼。
仙蔵は大男を見据えたまま、文次郎たちに向けて口を開けた。

「お前達、先に行け」
「仙蔵!?」
「立花先輩!?」
「お前、何を言って…」

皆の前に立って大男と対峙する仙蔵。文次郎がそう言いかけた言葉を遮り、仙蔵は言った。

「我々の目的は、鉢屋達の救出。戦いに来たわけではない」
「確かにそうだが…」
「でも、立花先輩…!」
「…仙蔵、あの男は私と似た匂いがするぞ」
「………あぁ。もしかしたら、小平太以上だ」
「なら、尚更…!」

小平太、長次の言葉に勘右衛門が全員で戦うべきだと言外に告げる。
学園で暴君とも呼ばれている小平太、そしてその猛獣使いと言われている長次。その二人から見てあの男がどれだけ一筋縄ではいかないことかが分かる。それを承知の上で一人で戦おうとする仙蔵に、部隊長を任された勘右衛門は許すはずがなかった。

「案ずるな、尾浜」
「!」
「小平太の相手には慣れている」

行け。
覚悟を決めたような声でそう言われれば、止めることなど出来なかった。
自分を止め、そしてあの男の相手をするという同室に、文次郎は先とは一変、真っ直ぐ仙蔵を見つめた。その視線と合わせることはしないで、男へ顔向ける彼に文次郎は仕方ないと言わんばかりに他の忍たまへ顔を向けた。

「行くぞ。こいつは一度決めた事は梃子でも動かないからな」
「………分かった」
「なはは、仙蔵はそうだったな!」
「…しょうがねぇ。俺達は先に行くか」

物分かりのいい六年生。一方で、本当にいいのかと目を瞠る後輩達。そんな彼らを半ば無理やり動かして、その場を後にした。

「……必ず追って来いよ」
「無論だ」

同室にそう言い返し、仙蔵は後ろを振り返る事は無かった。
自分達の様子を興味無さげに眺めていた大男は、仙蔵以外先へ行かせたことに目を瞬かせていた。

「おいおい、全員で俺と戦わないのかよ。他の奴を先に行かせて、お前は残るって事ァ…お前一人で俺の相手をするってことか」
「貴様の相手は私で事足りると思ったからだ」
「ほぅ…?餓鬼のクセに大層な口の利き方をするじゃねェか!」

声を上げ男は仙蔵へと向かってきた。
大きな体故に迫力があり、近いはずもないのに近く感じてしまう圧迫感を肌で感じた仙蔵。しかし怯むわけもなく、仙蔵は大きく跳躍し男の拳を避けた。ドゴォと大きな音と共に生まれる地面の凹みに、小平太以上の馬鹿力を秘めていると分かった。
だからと言って、臆することはしない。

「そういえば、挨拶をしていなかったな」
「あン?」

さながら牛若丸の如く、滞空時間の長いまま仙蔵は口元に弧を描かせながら言った。

「余所の家に訪問する時、挨拶と手土産を持って行くものだろう?」

その言葉を耳に届いた男は、ふと足下で焦げ臭いことに気付き下に目をやった。
ジジジと音を立てながら燃えていたのは宝禄火矢。

「つまらない物だが、味わうといい」

ドガァァン

男が動くよりも先に宝禄火矢が爆発を起こした。
深夜にも関わらず爆音が連続して続き、改めて城内に人が居ない事を幸いだと感じる仙蔵。これでもし敵がいれば、蛆虫の如く群がり救出困難になってしまうのだから。否、それ以前に仙蔵の得意武器が扱えない。
夜空の下でありながらも、頼りない月光を浴びながらもモクモクと立ち昇る黒煙。
お手本のように着地した仙蔵は警戒心を解かず黒煙を睨みつけた。

「これで倒せばどれだけ楽な事だか」

ひとり言にしては大きな声で言う仙蔵。だが、その言葉を拾う者がいたとなれば、ひとり言ではなくなってしまう。

「そうだな。こんなモンで俺を倒せる奴が居りゃどれだけ苦労しねェ事やら」

立ちこむ煙の中から余裕の声音でそう言って姿を現した大男に仙蔵も負けじと笑う。
男はかすり傷一つもついていなかった。

「(化け物か…!)」

人知れず冷や汗が首筋を伝った。
あんな至近距離、しかも足下となればそれなりに火傷を負うなりしているはずである。宝禄火矢の火力は福富しんべヱと山村喜三太のおかげで身を以て知っている。威力が強ければ、四肢を吹き飛ばす事だってできる。
しかし、この男は火傷すら負っていない。暴君だといわれている小平太以上の強靭な肉体を持つ男に、仙蔵は今更ながら己が見謝っていることに気付く。
だからとって、敵前逃亡などするはずがなかった。

「私の実力はこれだけではない!」

今度は仙蔵から男に向かって駆け出した。男は余裕綽々な笑みを浮かべたまま、仙蔵がどう出てくるかを見ているだけだった。懐に入って攻撃をしようと考えていた仙蔵だったが、男の態度に真正面から向かうのをやめて背後へと回った。正面から攻撃されると思っていたのだろう男は「お?」と声を上げて振り向いた。その一瞬の隙を見逃すはずがなく、仙蔵は再び宝禄火矢を取り出し投げ放ったのだ。
一つではなく、複数個を。
衝撃で、点火して爆発する宝禄火矢が連続的に起こり、辺り一面が黒煙に包み込まれた。
すぐさま場所を移動した仙蔵。クナイを取り出し男の元へと駆け出した。
狙うは男の首元。小平太以上の強靭な肉体を持つ男となれば心臓を一突きするのは難しい。ならば皮の薄い頸動脈を狙うべきだと思ったのだろう。
攻撃する場所を変えたのは、相手に位置を悟らせないため。同じ方向からだと阻まれる可能性があったからだ。
男と自分の身長差、届く距離などを推測させて仙蔵はここだと思う場所で大きく跳躍した。
黒煙の中から伸びてきた一回り大きな手。

「!」

気付くよりも先に、その手が自身の腕を掴む方が早かった。
そして。

「捕まえたぜ」

黒煙の中から見えた口元と、自分の腕がボキッと不快な音が鳴ったのは同時だった。

「ぐあぁッ!!」

脂汗が滲み続ける痛みが仙蔵を襲った。
隙を突いて攻撃をするよりも先に受けた激痛に受け身をとる事も出来ず地面に体を打ちつけてしまう。痛みに悶え続けるかと思い気や、仙蔵は意識を保とうと必死に痛みに耐えた。
いや、それよりも驚愕的出来事があったため、そちらに意識が集中したのだった。

「(馬鹿な…私の場所が分かっただと……!?)」

黒煙は四方八方を立ち昇らせ、視界を塞いでいた。燃える臭いで嗅覚も使うことは不可能。気配は完全に消していたし、この男が察知能力に長けているとは思えない。
ならどうして自分の居場所が分かったのか。

「なんだァ?まるで小枝を折った感覚だぜ、オイ」
「っ……」

可笑しげに言う男の言葉に自分の体格を馬鹿にされて目を鋭くさせる。その視線を、殺気を受けているはずであろう男は黒煙に身を包ませたままただ笑うばかりだった。

「これでもう、終わりって言うつもりはねェよなァ?」

手で空を切るように、黒煙を振り払い姿を現した男。つり上がった口角をそのままに見下す男に、仙蔵は冷静さを欠けてしまう。

「私を、舐めるな!」
「ハッハァ!そうだ、そうこなくっちゃこっちも殺り甲斐がねェって話だ!」

利き腕を折られてもなお果敢にも攻撃を仕掛けようとしてくる仙蔵に男は好戦的な目となって拳を構えた。

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