×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
03



あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
戦場独特の敗走する足音と喊声と銃声が、真っ暗な森から山から反響しあって不気味に湧き起こっていた。すでに誤魔化し切れずにいた。遠くに位置する医務室にも届く銃声や微かに臭う硝煙が届いてくる。たとえ一年生でもこの状況を不審がらないはずがなかった。

「伊作先輩……」
「大丈夫。大丈夫だよ、乱太郎」

恐れをなして体を震わせる後輩に伊作は優しい声でそう言うしかなかった。
外では恭弥が戦っている。
そう乱太郎達に言えるはずもなく、伊作はぐっとその言葉を呑み込んだ。
何でもない日。上級生がほぼ全員出払っている時に学園を襲撃されたことは、この子たちにとって怖い事でしかない。頼りになる先輩達が傍に居ない。教師達がいるとしても、何も話をしないで自分達に偽りの避難訓練だと言うのだから、これが緊急事態であったことなど容易に考えれる。誤魔化すことがもう出来ずにいた。

「……あれ?」

ふと、三年は組の三反田数馬が声を漏らした。どうかしたのだろうか、と数馬に目を向けた伊作だったが同じように首を傾げたのだった。
あんなにも喧騒だった音がぱったりと止んでいた。
普段と変わらないほど静かな夜に戻った事に、伊作は静かに立ち上がった。そのまま外へと向かおうとする彼に、後輩達が慌てて危ないです、まだ外に出ない方が、と言ってくれた。その声に何も返さないまま、伊作はそっと入り口に立ったまま動かない。
分かったのだ。

「……うん」

一つ、頷いた。そして心配そうにこちらを見る後輩達ににっこりと笑って言った。

「もう、大丈夫だよ」

静寂が取り戻された。


***


あれほどまで喧騒だった周囲の音が消えていった事によって、戦いが終わった事を悟った教師陣。山田先生の指示のもと、各自の持ち場について未だ隠れている敵の姿が無いかを確認すると共に、忍たま達の無事を確認する。学園内での戦闘は無かったが、一番激しい戦いを行っていたであろう校門前へと向かった山田先生。打って変わって不気味なほどに静かなその空間に身構えながら一歩踏み出した。しかし、その音と重なるように何者かの足音が耳に届いた。動きを止める。攻撃されても反撃できるようにクナイを手にした山田先生。
だがその姿を目に映した瞬間、すでに名を呼んでいた。

「恭弥!」

人目も届かない建物の陰。篝火は無い、月光の手も触れるぎりぎりの縁。その場所からゆっくりとした足取りで現れた彼。

「………」

思わず息を呑む。
満身創痍といえる様子に、どう声を掛けていいのか分からなかった。たった一人でおよそ百人もいたであろう敵を相手にした恭弥。まだ戦場の名残りか、はたまた興奮しているのか、獰猛な眼差しが隠しきれていなかった。
だが、ふと山田先生は気付いた。
彼は満身創痍ではなかった。

「…怪我はしてなさそうだな」

淡い月光だけが頼りの中、彼の容姿を目に捉えることができた。
べったりとその衣を赤黒く染めた少年。
獲物である彼の得意武器もまた、同じように輝きを失っていた。

「山田先生!」
「おお、半助」
「東は問題ありませんでし、っ!?」

駆け寄りながらそう報告しかけた言葉は途中で途切れた。それもそのはずだ。山田先生の背後にいた彼の外見は、はっきりと言えば恐怖でしかなかった。
頭から被ったかのように、全身が真っ赤に染まっている状態で仁王立ちだ。幾百の修羅場をくぐり抜けてきた者であったとしても、彼の恰好には目を疑うほどだ。
土井先生の気持ちを察した山田先生は苦笑を浮かべるだけ。途切れた言葉だが、学園の東方は侵入や被害がない事は分かった山田先生は「そうか」と答えた。そうして、次から次へと各々の持ち場から戻ってきた教師陣が恭弥を見ては息を呑み、一瞬だけ停止する様子が繰り返されていった。そしてそれは同時に、恭弥の前で群れ始めるという意味を示していた。

「僕の前で群れるなんて、良い度胸してるじゃないか」
「!?」
「今ここでそれを言う!?」

ブンッと獲物を一振りして、纏わりついていた紅いそれで地面へ弧を描いた恭弥。輝きを取り戻したトンファーに満足気に笑みを溢したのを、見逃さなかった。

「山田先生!土井先生!」

緊迫が続く中、駆け寄ってきたのは学園に残された六年生の一人。恭弥から視線を外してしまったが、恭弥が攻撃をする事は無かった。急いで来たのだろう伊作に、山田先生が声をかける。どうやら、忍たま達は皆無事だそうだが、何が起きていたのかを言及しているそうだと言う。ずっと隠し通せるとは思っていなかったため、山田先生はやれやれと言った様子でため息を溢して、二年い組教科担当の野村雄三に忍たま達を頼むように言った。嫌がる素振りを見せず、野村先生は一つ頷いて、忍たま達の元へと向かっていた。機転の利く彼だからこそ、対応できやすいだろうという山田先生なりの考えだった。速い動きで去って行った野村先生を見送った伊作は、再び山田先生へと目を向けた時、ギョッと大きく目を見開いた。
返り血を浴びた同級生の姿が目に映ったからだった。

「恭弥!?どうしたのさ、その恰好!!」
「別に。ただの返り血だよ」

保健委員会としての血が騒ぐのか、恭弥のもとへ駆け寄った伊作は頭のてっぺんから足の爪先まで何度も見る。返り血だなんだと言いながら怪我を隠していないかを確認したかったようだ。じろじろと見られて良い気がするはずもなく、恭弥はあからさまに伊作から顔を逸らした。

「怪我は本当にしてないみたいだね。良かった」
「だから僕は言った。信用してなかったのは君だ」
「う、うん。でも恭弥はよくそう言いながら隠すから……」
「何?」
「ううん!何も言ってないよ!?」

研ぎ澄まされたような鋭い光を含んだ小さい眼で睨まれれば、何も言えなくなる。千切れるほど首を横に振る伊作に恭弥はそう、と小さく笑うだけ。
どうやら見逃してくれるようだ。
くるり、と恭弥は伊作達に背を向けた。そして歩き始めた彼に、声をかける者が。

「何処へ行くつもりだ、恭弥」

腕を組み、至極真面目な顔で尋ねた山田先生に他の者は首を傾げた。皆の視線が集まる中、恭弥は山田先生達のほうを見向きもしないで口を開けた。

「咬み殺した連中は君達がしたらいい。僕は興味がないからね」
「答えになっていないぞ」
「……」

そう言う山田先生の言葉に、伊作は妙な胸騒ぎがしていた。すでに忍術学園に脅威は過ぎ去ったようなものだ。だが、恭弥はこの場から去って何処かへ行こうとしている。
向かう場所など、一つしかなかった。

「咬み殺し足りなくてね」

ぞわり、と背筋が凍った感覚だった。
見えなくても分かる彼が浮かべているであろう表情。この六年、苦楽を共に過ごしたからこそ分かるのかもしれない。否、そうでなくても分かる者には分かるだろう。

「僕の箱庭を荒らされた上、風紀を乱したんだ」
「いや、学園はお前の箱庭じゃ無いからね?」
「彼らに、それ相応の罰を与えないといけないのは当然の事だ」

その言葉に、皆が察した。
恭弥の飢えがまだ満たされていないことに。

「向こうも楽しめそうだ」

飢えた獣のような、戦いを楽しむような好戦的な笑みを浮かべていたことを、誰もが理解した。
止めることなど出来るはずがなかった。止めようにもないことなど、皆が分かっていることだった。しかし、一人で向かわせるわけにはいかない。我々も一緒に行く、という山田先生の言葉を恭弥は一蹴した。

「僕は待たないよ。……時間が惜しい」

支度するものなど恭弥には無い。持って行くものはたった一つ。己と獲物のみ。

「君達は雑魚の処理でもしておけばいい」

今度こそ出立するとでもいうかのように、歩き始めた恭弥。

「待って、恭弥!」

それを再び呼び止める者が。律儀にも足を止めた恭弥だが、振り向くことはしなかった。それを分かった上で、呼び止めた彼、伊作はグッと拳を握っていった。

「僕も一緒に行く!」
「伊作……」

真っ直ぐな眼差しを恭弥に向けて言った。

「僕は保健委員だ!もし皆が怪我をしていたら、治すのは僕の仕事だ!」
「……」
「それに、僕はこの学園の生徒だ!皆が危険な目に遭っているかもしれないのに、じっとしていられるわけがないよ!」
「…」
「っ頼む、恭弥!僕も一緒に…!」

懇願する伊作。必死な彼に教師達も止めようとする気は起きなかった。
暫く沈黙が続いた。

「……道中」
「!」
「不運を起こしたりでもしたら、そのまま放っていくから」

つまりそれは、了承したという意味だった。

「!……うんっ」

嬉しさ満面の笑みを浮かべて頷いた伊作はすでに医療道具を持っていたようで、二人はすぐに学園を後にしたのだった。

prev/−
[ back / bookmark ]