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02



不甲斐ないばかりに、忍たまである恭弥の言われるまま、生徒の安全と裏山の警備をすることになった教師達。およそ百人ほどの人数で襲撃をしようとするニセクロバリ城は、やはりというか全方位から攻め込もうとしていた。とはいえ、忍術学園はとても大きな敷地面積を誇っている。百人という大人数でも、四方八方から攻撃することはできず、さらに、裏山は忍たま達によって仕掛けだらけとなっているため目印すら分からない足軽が足を踏み入れることは容易ではなかった。結果、主に正面から攻撃するような形となり、裏山で待機するようにしていた教師達は無意味であった。だからといって、校門前へと向かうつもりはなかった。
理由は簡単だ。
孤高の浮雲である彼の邪魔をしてしまうわけにはいかなかったからだ。

「生徒達は、大丈夫なんだろうか……」
「おそらく。今のところ、学園長の思いつきという事で仕方なく行ってはいますが、いつまでその嘘が通るかは…」
「ウウム。今までにない状況で、想定外なことが起きないといいんだが……」

忍術学園の裏山で待機していた木下鉄丸と土井半助は、不安そうな顔つきで話をしていた。すでにニセクロバリ城の兵士たちはこちらに襲撃をしかけようとしていた。風に乗って、微かに硝煙の臭いもしてくる。さらにいえば、野太い声が一瞬だけ上がるのも耳に届いた。周りに気を配りながらも、校門前で奮闘しているであろう恭弥や、じっとしていることのできない避難中の忍たま達に思わず思いを馳せてしまうのだった。

「そういえば、木下先生」
「なんですか、土井先生」
「先ほど、二年は組の時友四郎兵衛を抱えていましたが、何かあったんですか?」
「………」

土井先生に聞かれた木下先生はすぐに口を閉ざした。言いづらそうな表情。視線も土井先生から逸らすように下へ向けた。少しの間が置かれて、木下先生は言葉を発した。

「時友四郎兵衛が、校門前のところで倒れていたんです」
「えぇ!?」

思いがけない言葉に土井先生は控えめながらも驚きの声を上げた。その気持ちが分かっている木下先生は何も言わず、話を続けた。

「校門前とはいっても、そこから離れた場所に座りこんでいたのですがな。だが、忍たま達の避難はほぼ終えていると思っていたばかりに、驚きましたよ」
「時友に怪我は…!?」
「いや、なかった。気失っていたから、二年生ながらも敵の気配に気付いて、そのまま……と、考えてもいいでしょう」
「そうですか…。でも、怪我がなくて良かった…」

一年生と一つしか変わらないとはいっても、まだ子供。数え年でもまだ元服もしていない四郎兵衛に、怨恨めいた殺気は体に毒。それでも、まだ気失うくらいなら良かったと、土井先生は思わず安堵の息を溢した。これでもし、殺気に気を狂わせてしまえば、何をしでかすか分からないものだ。酷いものであれば、息をすることに苦しみを感じ、自ら命を絶つような行いをする者も生まれる。それがなくて良かった、と土井先生は思った。
すると、しかしと木下先生は再び口を開けた。

「一体、誰が時友四郎兵衛を運んだのかが気になる」
「え?」
「地面に倒れていなかったんです。壁に背を凭れたまま座りこんでいたんですよ、時友四郎兵衛は」
「………」

違和感を拭えない様子の木下先生に、土井先生は目をパチクリと瞬かせたが、すぐにフッと笑みを溢した。まるでおかしなことを言っているかのような言葉を口にした木下先生に土井先生は言った。

「何を言っているんですか。今、あの場所にいるのは唯一人しかいないじゃないですか」
「………あー…」

そう言われて、木下先生はやってしまったと言わんばかりに額に手を置いた。
何を忘れているのやら、自分は何故あの強烈な個性的な人間を頭から消していたのだろうか。
そう思っているのが手に取るように分かった土井先生は、木下先生からこちらからは見えないが校門があるであろう場所へと目を向けた。

「私たちは、今回の件であの子に頭が上がらなくなりそうですね」
「………否定はしない」

どれくらい経っただろうか。
一刻も経っていない間に、全ての音が止んでいた。


***


弱い。
口にすることなく、心の中で呟く。鈍色のそれから伝わる感覚に口角が上がっていったが、緩慢な動きの攻撃は目を閉じても躱せるほどで自分に向けられた刃先が届くよりも先に、地に伏していく。日は沈み、夜目がまだ効いてもないような輩はただの雑魚だった。雄叫びを上げながら自分に刀を振り下ろそうとする雑魚よりも素早く鳩尾に、顔にめがけてトンファーで叩きつける。

「ひ、怯むなァ!」

次から次へと倒されていく足軽たちに怖気づく他の兵士たちに鼓舞する大将。最早自棄になっている兵士たちは、声を上げながら太刀を、槍を、弓を、火縄銃を構えた。
開始直後、奇襲戦法で向かったはずの先方からの連絡が途絶えた。伝令役の者も戻って来ないため、やむを得ず足軽隊に突撃をさせた。次いで鉄砲隊も向かうように指示をするも、突如その男は現れた。

「弱虫は土に還れよ」

心の芯まで凍りつく冷たい声が耳に入ったのと、自分の目に紫色の何かが捉えたのは、ほぼ同時だった。
一瞬の間も与えない攻撃。相手が怯もうが立ち向かおうが関係なかった。

「群れている奴は全員、咬み殺す」

鈍く光っていたトンファーが次第に赤く染まっていく。鉛色が見えなくなりかけたところで、トンファーを一度振れば、ピッと雑草が今度は赤く染まる。それを何度も繰り返して、彼は群れをなす彼らをトンファーの餌食にさせる。
種子島が火を吹く。暗闇の中での攻撃は、味方に当たる可能性もあるというのにだ。発砲音と一瞬放たれた殺気から種子島を避けて、遠慮なしに咬み殺す。それでも無差別攻撃ともいえる戦法にシフトチェンジしたニセクロバリ城の兵士達に、つまらないと言わんばかりのため息を溢した。

「な、何をしている!は、早くその男を、殺せェェェ!!!」

声を張り上げ、命令する大将。今までの作戦も何もかもが総崩れとなったこの状況で自分達の勝機はあるのかと言えば、答えは否。

「たった一人に、何をしておるのじゃぁぁぁ!」

一歩近づけば、二、三人の兵士が倒れた。
また一歩近づけば、五、六人の兵士が声を出すよりも先に血を拭き出す。
一歩近づけば、無数の骸が増えていった。
もはや生き地獄のようなものだった。

「無駄だよ」

戦場に似つかわしくない、澄んだ声が通った。暗闇だというのにまるで陽の下を歩いているような足取りで、彼は歩いてくる。ゆっくりと、足音一つ立てずに、自分に向かって。

「もう、雑魚は君だけだ」
「!?」

周りにもう誰もいないのか。思わず辺りを見渡したが、この暗闇だ。夜目に慣れようが、夜戦をしない人間が闇が覆う中、気配を探る事も兵士を見る事も出来るはずがなかった。冷や汗がどっと溢れ出た。カタカタと太刀を持つ手が震えた。武者震いなわけがない。次は自分が殺されるという、耐え難い恐怖に。
自分の死を察している本能が、警告を出しているのだ。

「群れなきゃ何もできない猿山のボス猿でも、ここまで弱いと興醒めだ」

自分はこの男によって終焉を迎える、と。
チャキ、と宵闇に相応しくない音が林の中響き渡った。

「安心しなよ。痛みは一瞬だ」

ゆるり、と彼が笑ったのが男でも分かった。

「“俺”の後輩が、お世話になりました」

そう言って、彼は容赦なく獲物を振り下ろした。

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