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01



毎回のことながら学園長の突然の思いつきである緊急避難訓練が行われてからどれくらいの時間が経っただろうか。遠くのほうで聞こえる地響き。暗く、静かに息を殺している中、その音はほんのわずかなものでも忍者を目指す子供たちの耳には届いていた。

「っ……」
「……ッ…」

敏い忍たまたちは、今何が起きているのかがようやく理解しつつあった。
これはいつものお遊びでもなんでもない。
今、現実に、忍術学園が何者かによって襲撃されているということを。
下級生といえども、その中では最高学年である三年生は徐々にその表情を強張らせていった。

「………」

三年ろ組の次屋三之助もその一人だった。
放課後、同級生から伝わった緊急避難訓練。何もない日にするのは珍しい、というのが第一印象だった三之助は、そのまま同級生にお前方向音痴だからだなんだと失礼にもほどのある言葉を言われるまま移動を始めた。避難場所である防空壕へと入った三之助は、ふと疑問を抱いた。
これは何に対しての避難訓練なのだろうか。
避難訓練にもいろいろなものがあるはずだ。火災や地震などの自然災害から人為的な災害によるもの。このご時世、地震は頻繁に起きているから月に一度くらいあるのを覚えている三之助だったが、今回は違うと断固として言える。
何故なら、先日行われたからだ。
それならば、この訓練はいったい何に対してのものか。さらに、三之助は疑問を抱いた時に違和感も覚えた。

「(先輩達がいないのに、訓練ってするのか?)」

その言葉を胸の中で呟いた瞬間、ぞわりと背筋に冷たいものが走った。
反射的に顔を上げた三之助に、傍にいた同級生が声をかけた。しかし、その声に応える余裕もないまま目を瞬かせて三之助は入り口に視線を向けた。
身に覚えことのある感覚だった。
いつ、どこかその感覚を受けたのかは覚えていない。しかし、この感覚は一度覚えたら、忘れることは決してないものだということは、本能で分かった三之助。生唾を飲み込む。盗み見るようにして入り口に控えている教師を伺う。大人しくしている忍たま達をよそに、じっと外の様子を見ている教師に、三之助は嫌な予感がどんどん増すのが分かった。
上級生がいない忍術学園は安全とはいえない。
そう思ったら、体は勝手に動いていた。

「次屋!どこへ行こうとしている!!」

自分なりに気配を消して、教師の目を盗んで外へ出ようとした。しかし、流石は忍術学園で務める教師。そう簡単に、出ることを許してはくれなかった。
あともう少しで外に出れるというところで、腕を掴まれて引っ張られた。ドシャ、と地面に滑り倒れる三之助に慌てて駆け寄ったのは同じろ組の富松作兵衛と神崎左門。心配する二人に目は向けず、真っ直ぐ教師へ目を向ける三之助。その瞳は不安と恐れが入り混じっていた。

「外は、何が起きているんすか」
「!」
「っ…」
「……」
「三年は分かってるんです。これが、避難訓練じゃないって事は」

誰かが息を呑んだ。

「…黙りなさい、次屋」
「此処で、俺たちはじっとしてろっていうんですか」
「次屋」
「俺たちはただの避難訓練だとでも思っていろっていうんですか!」
「次屋!」
「このまま!!っ俺達は何もしないでいろっていうんですか!!!」

黙らせるために名前を呼ぶ教師を無視して、声を荒げた三之助に、同級生は言葉を口にすることも、制止の声をあげることも出来なかった。彼らとて、分かっていることであった。上級生がこぞっていないこの学園で突然行われた避難訓練。最初こそ分かってはいなかったものの、次第に感じた不穏な気配と微かに臭う錆びた鉄のような匂いに、分かってしまった。分からざるを得なかった。
三之助の言葉を皮切りに、三年生が、そして一年生、二年生が、なにが起きているのかと矢継ぎ早に教師へとい出し始めたのだった。上級生は、先輩達はどこに、学園で何が起きているのか、戦わなくていいのか、という言葉が口々に出ていく。教師が落ち着けと、外は大丈夫だと言っても、信じてくれない忍たま達。外へ通ずる道を防ぎながら、忍たま達の質問を避けようとするのは至難の業。どんどん自分に攻め寄ってくる忍たま達の勢いに、根負けしそうになったその時だった。

「大丈夫なんだな〜」

騒々しい中、気の抜けるような口調、だが凛としていて、一本の筋が通っているかのような声が響き渡った。
困惑していた教師も、その教師に詰め寄っていた忍たまも、その場にいた全員が、その声の主へ目を、顔を向けたのだった。
その独特な口調のおかげで、誰がそう口にしたのかは一瞬で分かった。

「外は、絶対、大丈夫だよ」

強く、きっぱりと言い切ったのは、四郎兵衛だった。
一番最後に此処に、気失ったまま入ってきた彼。いつのまに起きたのかは分からないが、その目に思わず口を閉ざしたのは誰だったか。
真っ直ぐとして眼差し。
しかし、誰かに目を合わせることもない四郎兵衛に恐怖や不安は一切無かった。
思わずといったところか、誰かが声を張り上げた。

「なんでそんなこと分かるんだよ!!」

震えた声だった。この現状で外で何が起きているのか分からないようで恐怖に怯えているのが安易に分かったのは三年生達だった。それを拍子に、教師から四郎兵衛へ向けられる声が大きくなっていく。不安が駆り立てる中、根拠も何も無いその言葉に信じられることなど出来ない。
だが、四郎兵衛と同じ委員会所属である三之助は違う反応を見せていた。

「四郎兵衛」

声を掛けた。呼びかけに反応した四郎兵衛の目が三之助と合わさった。
じっと互いを見つめる二人。

「いいんだな?」

なにが、と聞けるような様子ではなかった。たったその一言だけを口にした三之助。迷子組保護者だと言われていた作兵衛すらも分からなかったその言葉の意味を、四郎兵衛はやけに間を空けて言った。

「はい」

肯定の言葉を。
先ほどよりも、さらに強気な眼差しを三之助に向けた四郎兵衛に戸惑いを隠せなかった忍たま達。しかし、左之助はその言葉がくると分かっていたのか…。

「ならいっか」

そう言って、三之助はあっさりとした態度で教師から離れた。唖然とするのは、教師も忍たまも同じだった。後輩の一人である四郎兵衛の言葉をそう簡単に信じた三之助。どうして信じ切れるのか、何か根拠があったから諦めたのか。何も語らない無自覚な方向音痴の少年は、自由奔放にもほどがあった。

「お、おい。三之助」
「んー?」
「んー?じゃねェ。何がいいんだよ。そんでなんで四郎兵衛は大丈夫だって言ってんだよ!」

その場にいる全員を代表して疑問をぶつけた作兵衛に、三之助はあー…と気の抜けるような声を出して、虚空を見つめた。
先ほどまでの気迫は一切無かった。

「四郎兵衛が大丈夫だって言ってんだ。それなら大丈夫だよ」
「いやいや、答えになってないから」
「え?」
「え、じゃねェって!俺達はその根拠が知りたいの!こんな状況で、そんな口先の言葉を信じることが出来るかって!」
「口先じゃないって」
「は?」

きっぱりと彼は言った。
四郎兵衛と同じように、自分へ真っ直ぐとした目を向けた三之助に作兵衛は困惑した。
何の感情もないようなその瞳が、恐ろしく感じた。

「四郎兵衛は、見たんだよ」
「み、た……?」
「うん。俺達のつよーい味方を」
「……?」

いまいち理解が出来ず、首を傾げた作兵衛。自分達の強い味方という三之助に、そんな言葉に該当するような人間がいるかと自問自答をする。不幸なことに、今上級生は出払っている。頼りになるのは、教師達だけのはず。なら、強い味方というのは教師達の事だろうか。確かに、プロの忍者である教師達が罠なり術なり仕掛ければ、敵を一網打尽にすることはできる。けど、作兵衛はなんとなく分かっていたのだ。
三之助がいう『強い味方』というのが、教師を指し示しているわけではないことを。
なら誰なのか。そこまで行きつく事ができたが、冷静になれていない作兵衛の思考回路ではその答えに辿り着くことは出来なかった。
一方、大丈夫だと断言した四郎兵衛は、訝しげに見られようが構わない様子で、此処に来る前までの事を思い出していた。

「これは夢だ。君が起きた時には、何もかも終わってるよ」

優しい手つきだった。
優しい声だった。
優しい、炎だった。

「(忍術学園一強い忍たまのあの人が、負けるはずないんだな)」

だからこそ、四郎兵衛は怖がることも不安になることもなかった。

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