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03



結局詳しく教えてくれなかった恭弥に伊作は諦めるほうが早いと悟ったのだった。しかし、教師たちからすれば、重要でもある事を何故伝えなかったのかと責めてしまうのも無理もない話だった。恭弥が何を考えているのかなんて誰も分からないことなどすでに知っている。しかし、それでも何かあれば報告、連絡、相談はするはずである。
だが、普通の人間にとっては当たり前の事を、恭弥はしない。

「君達は冷静になれていなかったじゃないか。久々知兵助が学園に帰還して、君達は何をしていたんだい?」

それよりも、教師たちが冷静に判断出来ていなかったを指摘するくらいであった。
恭弥の言葉に否定が出来るはずがなかった。正論である。教師達は、兵助が単身帰還した際、学園の警護を怠って、ほぼ全員が学園長の庵に集まっていたのだったから。兵助の報告があった後で動いたとしても、今、すぐそばまで敵が近付いていることに気付けていたはず。しかし、何もしなかったが為に救助部隊が出動した後に気付いたのだ。
遅い、と言われても仕方のないことだ。

「ま、僕には関係ないよ」
「ちょっと、恭弥…!」

余にも淡白な態度をとる恭弥に非難の目を向ける伊作。自分の学び舎である忍術学園が危機的状況であるというのに、どうしてそんな冷たいことが言えるのか。流石にそれはないだろう、と咎めようと口を開ける伊作よりも先に恭弥は言った。
その目は、ギラギラと興奮に輝いていた。

「僕が全員咬み殺せばいいだけの話だからね」

その言葉に、伊作は全てを察することが出来た。
いや、出来てしまった。

「久々知兵助が持って帰った情報は確かみたいだ。敵はニセクロバリ城の雑魚で間違いないね」
「(もしかして、今回は大人しくするんだと思ってたけど……)」

最初、ニセクロバリ城に向かうのは恭弥だけだと思っていた伊作。群れる事を嫌う彼だからこそ、一人で敵陣に攻め込むのだろうと。しかし、恭弥はその役を他の六年生と五年生に任せた。違和感はその時あったのだ。しかし、彼自身が言った「群れたくないから」という言葉を鵜呑みにしてしまったのだ。
最初から彼の目的は違っていた。
遠くを見る彼の口元に薄らと浮かぶ笑み。この危機的状況を心の底から楽しみにしているという表情に、伊作は理解したのだ。

「さぁ、どうやって咬み殺そうかな」

彼は、恭弥は、誰にも邪魔をされたくなかったということを。
此処まで群れていれば、恭弥の粛清対象になってしまう。もし、五年生や六年生が残って迎撃すれば、恭弥の楽しみは大幅に減ってしまう。それは、恭弥の機嫌を損ねると同義。
だから恭弥は最初から一人で楽しむために、あえて他の六年生と五年生を敵の本拠地へ。これに気付いた人間がいるはずもない。見事に恭弥の思い通りになってしまったと今気付いたのは伊作以外に数人はいた程度だろう。

「全員、僕の邪魔をしないでね」

ザッ、と自分達に背を向けた恭弥に、呆然としていた土井先生や山田先生がハッと我に返った。こんな場合なのに、一人で闘おうとしている恭弥を止めないほうがおかしいのだから。しかし、恭弥は本気なのだ。冗談を言うような性格でないことなど分かっているが、流石に敵の数には無理があり過ぎるのだ。

「待ちなさい、恭弥!」
「恭弥!!」

伊作も思わず引き留める。
しかし、彼は足を止めないまま背中越しに声をかける。

「さっさと草食動物たちの避難を急ぎなよ。足音からして、もう近くまで迫ってきているはずだ」
「っ」

静かに外壁に耳を傾けば、確かに聞こえる足並みがそろった足音。敵はもうすぐそこまで来ているという事実に、更に不安と焦燥に駆られる。
まだ避難出来ていない生徒は、事務員や食堂のおばちゃんの保護を、と大きな声を上げて校舎へと向かう教師達。

「伊作」
「え、な、なんだい?」
「保健委員会は別待機。ただし、決して前線に立たないでよ。不運を発動されちゃたまったものじゃないからね」
「まってそれは酷いよ!?」

あまりの辛辣な言葉にみっともない声を上げる伊作。しかし、否定が出来ないのは悲しい。山田先生はその言葉を聞いていたが、否定はしないで苦笑を浮かべるだけだった。

「山田先生〜…」
「!斜堂先生!威力偵察はどうでしたかな?」

薄暗い影から現れた斜堂先生に一瞬身体を硬直させたものの、直ぐに敵の様子を尋ねた山田先生。斜堂先生は普段のゆったりさは無く、顔には出ていないものの焦りを感じる声色で山田先生や傍で控える教師陣に報告をした。

「御旗からニセクロバリ城で間違いないでしょう。数はおよそ百人。鉄砲隊の姿はありましたが、砲兵隊の姿はありませんでした」
「そうでしたか」
「ですが、油断は出来ません……」
「もちろんです」
「なんだ。砲兵隊はいないのか、残念だ」

笑みは浮かべたまま恭弥はぽつりと言った。それを拾わないはずもなく、何を残念がっておるんだ、と山田先生がついそう言ってしまった。迎え撃つ用意がほぼ出来た中、斜堂先生から敵の数などを知った教師達が口々に言い始める。

「しかし、ニセクロバリ城はもともと兵力はなかったはずです。ニセクロバリ城の兵がこちらに来ているということは、鉢屋三郎達を救出に向かっている尾浜勘右衛門達は無人の城に行くということになりますね」
「確かに。こちらにほぼ全兵士が来ているとなれば、あちらも上手く事が運ぶことが出来ましょう」
「………、……待って」

その言葉が耳に入った山本シナは、ふとあることに気付いてしまった。美人な御顔を険しいものに変えたシナ先生は、斜堂先生に鋭い声で尋ねた。

「こっちに来ている兵はおよそ百人って言いましたよね、斜堂先生!!」
「えぇ。一つの城を落とす、とまではいきませんが、大体は雑兵ですね…」
「っ久々知兵助くんが言っていた者達の姿はありましたか!?」
「……!!」

その言葉に、一瞬で空気が変わったのが分かった。いち早く動いたのはいったい誰だったか。遠眼鏡を持っていたのは、厚木太逸先生。急いで敵が潜んでいるであろう場所を確認してみるが、どれも同じ雑兵の恰好ばかり。兵助が言っていたような彼らの姿は何処にもなかった。
それはつまり、ニセクロバリ城にいるという事。
そして、最も厄介な敵が彼らを待ち構えているという事。

「……あの子たちが、危ない……」

誰かが、掠れた声でそう呟いた。


***


黄昏の鬨。
ニセクロバリ城の屋根。
六つの気配が、城から見渡す景色を眺めていた。
一人の者が、ピクリと身体を揺らした。

「……来た」
「来たね」
「おっ、やっとかよ。遅かったじゃん」
「はっはー!!待ちくたびれたぜ!!」

やれやれといった声があれば、楽しみで仕方がないといった興奮気味の声が上がる。まだ城まで辿り着いていないが、素早い動きで確実にこちらへ歩を進めているたまごの気配に、六つの気配は笑いを溢していた。
六つの気配が外にある中、一人の気配はとある場所にいた。

「君、いつまで割らない気だい?」

ギリギリ、ミシミシ、と縄が擦れ、骨が悲鳴を上げる音が静かな部屋の中に響く。

「が…あ、っ…!」

ポタリ、と夕日に照らされ紅く染まったそれが滴り落ちた。
痛みに声を上げるが何も言わない相手に、その者は冷めた目を向けるしかなかった。

「やれやれ……」

全く、しぶといですねぇ。
ゆるりと、口元に弧を描いた。

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