▼ 飛んで火にいる夏の虫
「使わせて、もらうぜ………?」
そう言った牛頭丸の笑みを、生涯ガンキ小僧は忘れることはないだろう。
***
「っ!!?」
見覚えのある妖気。決して、四国の妖怪共の妖気じゃあない、純粋で前世で一緒に遊んで、あたしの正体を唯一知っている子。
牛頭だ。
何故、牛頭丸が此処に…?
「ぅ、ぐ……っ」
ジャラ、と鎖の金属音が部屋に静かに響き渡る。冷たい鉄が直に肌に触れていて腕の熱を奪われる。いや、もう奪われているといってもいいかも。
クソ狸に殴られ蹴られた腹や脇、顔の痛みは麻痺して全く痛感がない。でも、乾燥した血が肌に纏わりついていているのを感じ、怪我はまだ癒えていないことを思い知らされた
治癒能力があるじゃないか、って思ったらそれは大間違い。
他人には使えるけど、自分の傷は癒えない。ただただあたしの血を、気を使っているから自分の怪我を治すのは自分の血で治さないといけないということになる。
簡単に言えば自虐行為となるだけ。
「っ…、こっちに来ないで…。お願い、」
こっちに来たら貴方達を護ることが出来ない。自分の非力さに涙が出そうになる。けど、此処で涙を流せばそれこそ自分が弱いと思い知らされて、もっと自己嫌悪したくなる。
あたしには選択肢がないのだ。
「っ……チクショー……」
自分が弱くて嫌になる。
***
(牛頭丸side)
「そうだったわ」
「あ?」
俺が操っていることに気がついていないまま、その女は妖怪に話し掛けた。
「今日のあの子の面倒、あんたよ。彼女、大分玉章に殴られたりしているから気失っているかも」
「そうか。そんじゃあ、ちょっくら行ってくるぜ」
「任せたよ」
そのまま女は俺たちのことを見向きもしないで警戒態勢に入っていった。女の妖気が消えた頃合を見て、馬頭丸が俺に話し掛けてきた。
「牛頭…、あの子って一体…」
「さぁな。それよりさっさと行くぞ」
「え!?ま、待ってよ〜!!」
あの子――そういえば、さっきも操っているこの妖怪も言っていたな…。「玉章がわざわざ捕まえてきた人間」って。
嫌な予感がするのはいつものことだが、今日はいつもより以上に酷い気がした。心の中にあるもやの正体は分からないが、決していいモンじゃないのは確かだった。
けど、今はそんな事を気にするわけにはいかねぇ。
「やってやるよ!!本家のクズどもとは違うってことをな!!」
牛鬼様が俺達に期待していると言っていた。あの若頭のことは眼中にない。だが仮にも奴良組の候補。それなりに従っておかねぇと後々が面倒なのは目に見えている。
「さっさと来い、馬頭丸!!」
「待ってよ、牛頭〜〜!!」
今は俺たちの全うすべき事をすればいい。
「この部屋か!?」
「あ、ぼっちゃんだんご。きっと下のやつらのお土産だな」
「いくぞ馬頭!!」
ガチャ
操っていた妖怪は使い物にならなくったから放置して、俺達はそのまま最上階へと目指していた。馬頭で警備を担われた妖怪を誑かして、その隙に俺が攻撃するの繰り返しであっという間に最上階。
案外簡単なモンだな。
そう思いながらあの七三分けが手にしていた刀を探し出す。最上階の部屋は数個しかなかったから、順に部屋を開ける。残り二部屋となって、片方の部屋を開けた瞬間だった。
「!!」
「?」
慌てて扉に隠れて、馬頭に静かにしろとジェスチャーで伝える。そのまま馬頭と2人で中を覗き見ると、そこには…。
「あの刀だ」
「えっ…!!」
あの七三が高々と手にして四国の妖怪たちの士気をいっきに震えさせた刀が丁寧に保管されていた。
誰も居ない部屋に。
「これが…一体何だっていうんだ…?」
じっくりと観察してもただのオンボロ刀にしか見えない。刀身の先から柄の先まで見ると、ふと刀の柄に。
「“魔王”………“召喚”……?」
魔王?魔王ってあの悪の親玉的なやつのことか?
馬頭も何のことかさっぱり分からないで首を傾げていて、俺も理解できない。ただ分かっているのはボロ刀の興味は既に消えうせていていることだけだった。
「つっまんねーの。ボロ刀なだけじゃねーか」
「ご、牛頭っ。もうさっさと帰ろうよ〜」
馬頭は敵の警戒に焦りや不安を抱いているのか、俺をさっさと屋敷に帰らせようとしていた。俺も面倒になったから、帰ろうと踵を返したときだった。
「ご、ず……?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
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