影と日の恋綴り | ナノ
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 名前を呼んで

「……ぅ…」

寒さに目が覚めれば、そこには何もなく真っ暗闇だった。

「くら、い……」

無音で、自分ひとりしかいない世界で、無償に寂しくなって涙が出そうになった。

「っ……」

悔しかった。何も出来ないで、いとも容易く狸に捕まって監禁されて、いったいなんなんだあたしはリクオを守るんじゃなかったの?

「…惨め、だなぁ…」

姉なんて名乗れないじゃない。面と向かってリクオと話せないじゃない。皆に会う事なんてできないじゃない。
奈落の底に落とされた気分だった。

「……」

迷惑になるくらないなら、死んだほうがましだよね?

ガチャッ

「!!」
「………」

監禁されている場所のドアが開き、そこには…。

「…なんだ、生きてんのかよ」
「…お前は…」

何処かの制服を身に纏いやってきたのは犬神。玉章の部下でいいように利用されて神通力によって消された妖怪。
そんな奴があたしのところにのこのことやってきて、何が…。

「…あんた、あたしに何のよ、」
「ほらよ」
「?」

コトリ、とあたしの前に置かれたのは一つのどんぶり。その中身は…、

「…う、どん…?」

四国で伝統料理の讃岐うどん。
そんなものをどうしてあたしに?

「飯、食ってないじゃろ?」
「……」

たしかにあたしは何も食べていない。お腹が空くのは当然だし、何かを食べたないとあたしもヤバい。けど、怪しいにも程がある。

「心配すんな。毒なんか盛ってないぜよ」
「……」

あたしが思っていたことを答えてくれた犬神。そりゃ確かに思っていましたよ。けど今思い出せば四国は何故か腹ごしらえとして食べていたよね、ズルズルと。

「……どうした?喰わんのか?」
「…いや、食べるつもりだよ。けどさ…」

ガチャリ、とあたしは腕を上下に振って教える。

「…まずさ、解いてくれない?」
「あ」

うん、やっぱり犬神はバカだ。



「どうじゃ、美味いじゃろ」
「………うん」

くそう、なんだこの味は…。美味い、美味すぎる…!!!
ズルズルと四国の妖怪たちが無我夢中になって食べていたのも頷ける。

「……あのよぉ、」
「……何ですか」

食べている最中に話しかけてきた犬神。ハァハァ言ってなんなの?この讃岐うどんが食べたいとでも?ふざけるなよ、カス犬。

「…用はなんですか?」
「お前さん、何者なんじゃ」
「……はぁ?」

いったいいきなり何を言い出すかと思えばまたその話か。いい加減聞き飽きてきた。

「何度も言ったじゃん。あたしはフツーの人間、そこら中にいるただフツーの中学生。…ただされだけよ」

いい加減あたしに構うな、そう言っているのに犬神はただあたしを見ていただけだった。…なんなの、マジで。

「…なんで、玉章の誘いを蹴ったんじゃ?勿体無いぜよ」
「…はぁ?」

え、なにコイツ。バカじゃね?あいつの誘いを受けろと?それこそ自殺行為だわ。だいたい、なんであいつが良いわけ?可笑しいって。
人を人と、妖怪を妖怪と思わないあんな奴なんて。

「…あんたこそ、どうしてそこまであの七三分け君を信仰してんの?あいつの妖気…感じてるんでしょ?」

傍で、とそう言うと犬神はハッハッ、と荒く息を吐きながら舌をだらしなく出して答えた。犬だからしょうがないけど、逆に何故噛まない。

「玉章は俺の恩人ぜよ!俺を闇から救ってくれたんじゃ!!そいつに恩を返すことのなにが悪いぜよ!?」
「いや、悪いって言ってないでしょーが」

話を飛躍させ過ぎだ、このバカ犬は。小さく溜息を零して、あたしは犬神を真剣に見た。

「……あんたに昔なにがあったのかなんて知らない。けど、これだけは言っておく」
「………」

犬神は純粋ゆえにつけこまれたのだ、あの狸に。人を憎い憎いと嘆いている姿は哀れで、悲しいもの。そんな犬神は助けられた相手を間違った、といってもいいかもしれなかった。

「玉章に“畏れ”を一瞬でも抱いたら、あたしの名前を呼んで。小さく呟くように言ってもいい。ただ、あたしの名前を…“緋真”って名前を呼んで。…声に、出して」

犬神は信じていた、玉章を支えたかっただけ。そんな犬神を裏切ったのはあのクソ狸
だったら、犬神を助けてもバチは起こらない。

「……絶対に、あたしの名前を呼んで」
「ワケ、分からんぜよ。なんでそこまでお前は俺に…」
「…あんたが、似ていたのよ」

あたしじゃない。けど、前の、前の世界であたしの親友だった子に似ていたから。だからこそ見放したくなかったのだ。
ただ単に、あたしのエゴ。

「絶対に、呼べ」
「………」

だからこそ、助けたいんだ。自分の手が届く範囲で、助けを差し伸べていようがいまいが、それでもあたしは助けたい。
偽善者でもなんだっていい。
ただ、それが…この世界でのあたしの存在意義だから。

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