影と日の恋綴り | ナノ
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 特売日

そのまま時は過ぎ、夕方五時前。

「…ゆらさん、準備はいいですか?」
「えぇで。いつでもかかってきぃっちゅー話や」

あたしたちの目の前に立っているのはスーパーという名の城。そして、それを囲うように立っているのはあたしとゆらさんの他に、近所に住む主婦達。
今からここは“特売”という名の戦争を始めようとしているのだった。

チッチッチッチッチッ

喧騒の中、聞こえるはずのない時計の秒針の音が聞こえる気がする。緊張のせいだろうか…。タイムセールの前というのはいつもそうだ。

「緋真ちゃん、頑張るでぇ!!」
「はい。健闘を祈ります!」

チッチッチッ カチッ ビィーン!

「五時や!!タイムセールや!!!」

長針が天を指し、ベルが五時になったことを告げると同時に店の前に集まっていた人々が一斉に店の中へと押し寄せる。
『コロッケ2個200円と唐揚げ5個200円』
どちらが安いか、その答えを出すのはとても、難しい事だった。いつもより安いのは明々白々。だが、このどちらが安いのかを決めるのは今可笑しい。
ということはつまり…。

「どちらともを買うべし!」

どちらとも冷凍すればいつでも食べれるもの。そう決めつけ、あたしはひょいっ、と二つを手にとって店の奥へと足を進めたのだった。



「…………………」
「ゆ、ゆらさん…。お、落ち込まないで…ね?」

タイムセールが始まって数十分後。しゃがみこんで打ちひしがれるゆらさんをあたしは必死に励ます。結果から言えば、あたしは見事に戦利品と勝ち取り、ゆらさんはどちらが得なのかを考えてしまって戦利品はなし。
勝負中に考え事は厳禁。しかし、ゆらさんは損得を考え過ぎたようで…。

「あかん…買いそびれてしもうた……どうすんねん、今日……」
「えーっと……」

なにを言えばいいのか分からず、あたしはただ苦笑を零すしかなかった。けど、このまま打ちひしがれていてもお店の人に迷惑を掛けるのは妥当で、この場から離れようとゆらさんに声を掛けようとした。
瞬間だった。

「大変じゃのう、2人とも…」
「え…あなたはたしか……」
「…っ、…奴良君のおじいさん…」

あたしたちに向かってせんべいを差し出してくれたのはリクオの祖父…まぁ、あたしが言えば爺やだった。爺やはあのいつものペカッという笑みを零して、あたしたちにせんべいをくれたのだった。

「久しぶりじゃの。どうじゃ、そこの公園で少し話さんか?紅福もあるぞい」
「ええの!?奴良君のおじいちゃん!!」
「ええぞ、ええぞ。それじゃ、行くかの」

紅福に釣られ、ゆらさんは意気揚々という感じで爺やの後ろを歩き始めたのだった。あたしはというと、ただその場に呆然と立ち尽くしていた。
いや、だって…

「この、あと…って…」

四国妖怪が、ムチが、爺やとゆらさんを襲撃してくるはずだから。
爺やが殺られるわけでもない。だって爺やは一瞬でムチを倒していたから。だから、あたしが居ても足手まといになるだけ。
だったら、此処は退散するしかない。

「緋真ちゃん!何してんの!?置いてくでー!」
「…ごめんなさい、ゆらさん。あたし、今日この後用事もあるから先にお暇させていただきますね」
「えーっ!」

驚いた声を上げるゆらさん。ごめん、あたしは此処に居てはいけないんだよ!
不貞腐れているゆらさんをちらりと見、そして爺やも見、あたしは一礼してその場を颯爽と去って行った。

「足手まといだけは、勘弁だから…」

その言葉を残して。

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