影と日の恋綴り | ナノ
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 自分の存在意義

けど、すぐに足は止まった。

「…妖気?」

微力だけれども、校内の何処からか妖気が感じれた。しかも、それは転々と移動しているのだ。そのままその妖気を気にしていると、とあるトイレで止まった。

「…この階のトイレかっ」

そう、この階のトイレに妖気は止まった。けど、その妖気は本当に微力でいるのかいないのか分からない程度のもの。
怪しいにもほどがある。
気になってしまい、あたしはそのまま妖気が感じるトイレに向かって走った。

「ひぃっ!!」
「!?」

女子トイレ、ではなくて隣の男子トイレから聞こえた悲鳴。その悲鳴は聞き覚えのある声だった。あたしは女子トイレに入る寸前だったから、すぐに男子トイレのほうに向かう。男子トイレの中から凄まじい妖気が漏れていて、危険だと感じてしまった。
勢い良く男子トイレのドアを開けた。
そこには…。

「!カナさんっ!!」
「!?緋真ちゃんっ!!!」

へたり込んで脅えているカナさんの姿が。この状況から見れば、すでに原作通りになっているということ。
彼女の危機が訪れているということ。

「カナさんっ、大丈夫!?」
「緋真ちゃ…、よ、妖怪…が…妖怪が…」
「!」

バッ、と反射的にカナさんを自分の後ろにおいて鏡のほうを見据えると、そこには…。

カナ、ちゃあん…
「ひぃぃいい!!!」
「妖怪…!!」

鏡から顔を出そうとしている妖怪・雲外鏡の姿が
原作でいえば、此処は鏡の世界に入る一歩手前の場面。此処であの妖怪を倒せば、カナさんが襲われることはまずない。

「カナさん、下がっててください」
「緋真ちゃ…」

ゆらり、とカナさんを自分のほうに寄せて印を結び、一応と懐に持っていた御札を取り出す。そのまま唱える。

「降臨諸神 諸真人 縛鬼伏邪 百鬼消除 急々如律令!」
「ギャアッ!!!」

御札はあたしの霊力によって宙に浮き、唱えたと同時に妖怪に攻撃した。まともに喰らった妖怪は、そのまま鏡の中へと一時撤退した。

「カナさん、今のうちに逃げよう!!立てる?!」
「うん、大丈夫…!」

カナさんが言うや否や、あたし彼女の手を引いて男子トイレから出ようとした。
けど、出来なかった。

「逃がさ、ない…よぉ〜」
「きゃっ!?」
「!?カナさんッ!?」

油断していたんだと思う。カナさんの鞄の中に入ってあった手鏡に雲外鏡は移動していて、カナさんだけを映したのだった。
気がつくのは既に遅く、握っていた手もカナさんと妖怪の気配はすでに別の場所へと映っていた。

「どうしよ…」

守れなかった。また、人を守れなかった。このまま誰にも気付かれずカナさんが鏡の世界に行ってあの妖怪に喰われるとどうにもならない。
守れないあたしは要らない存在。

「っ……」

ついに途方にくれてしまったあたし。けど、ふと気付く事があった。雲外鏡の妖気がまだ校内の…別の男子トイレで感じていた。これもまた、微力だけども感じた。
つまり、そこに必然的にカナさんがいるということ
まだ守れるということ。

「っ…待ってて、カナさん…」

力の抜けた足に叱咤して、あたしは妖気の感じる男子トイレへと向かった。

ガッシャーン!!

「!こっち…」

突然、近くからガラスが割れたような音がした。その音と同時消えたのは妖気。そして、また新たな妖気が現れた。
消えた妖気は確実に雲外鏡、だとすると新たな妖気は…。

「カナさんっ!」

バンッ、といきおいよく二度目の男子トイレに入るとまず目に入ったのは夕日の光で反射する粉々になっていた鏡の破片。
そして、

「……いない…」

誰も居なかった。ただ無残に粉々になった鏡の破片が室内全体に砕け散っていて、ただあたしだけがその空間に存在していた。つまり、カナさんは無事リクオに助けてもらって、そのまま化猫屋へと向かったのだろう。

「……」

客観的に見てしまったあたしは、

「…バカみたい」

自分が惨めに思えてきた。誰もいないこの空間、ただあたしだけが存在しているだけでなにもないすでに事が済んでいる状態の空間。
自分がするようなことは何もないと、暗示されているような気がした。

「…帰ろう」

クルリとドアのほうに身体を方向転換して、あたしは男子トイレを後にした。

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