影と日の恋綴り | ナノ
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 手伝い

牛鬼おじ様の一件から一ヶ月は経った。あたしたちは変わらず学校に通っていて、何事もなく六月を迎えた。

「はい、そこ!!違う!!式神のかまえは“こう”や!!恥ずかしがったらあかん!!大事なんは妖怪に負けん“すごみ”や!!」

とある日の放課後。
壁にすがってあたしが見ている光景は、ゆらさんが講師している“禹歩”の講座。あの牛鬼おじ様の一件で、自分だけではなくて彼女たちにも教えないとならないと思ったのだろうか、ゆらさんは必死に巻さんや鳥居さんに指導していた。
うわー、滅茶苦茶スパルタだなー。
内心そう思いながら、あたしは彼女たちの光景を微笑ましく見ていた。が、そのほのぼのとした空間はいっきに壊れたのだった。
一つの放送で。

ピンポン パンポーン

“あー…1年3組学級委員長藤堂緋真。今すぐ職員室に来なさい。繰り返す、1年3組学級委員長、今すぐ職員室に来なさい”

ブチッ

「………」
「…あら?空耳でしょうか?今のは」
「いや、絶対にちゃうやろ」

ゆらさん!そこは気のせいだと同意するのが当たり前だぞコラ!!ツッコむのはTPOを考えてしてくれないか!!?と、内心思いつつ、あたしは溜息を零してゆっくりと重たい腰を持ち上げる。

「それでは行ってきますね」
「い、行ってらっしゃい…」
「が、頑張ってね…」

巻さんと鳥居さんに応援されて、その場を去って行った。
しょうもない雑用の為にあたしを呼んだのだとしたらどうしようか…。などと、担任に対する苛立ちに思考を黒く染めつつあたしは職員室に向かった。

***

「悪かったな、こんな手伝いをさせてしまって」
「いえ、大丈夫です。丁度暇を持て余していたので」
「そうか。だが、早く帰りたいのも事実だっただろう?」
「心配しないでください。先生の手助けになれたのなら時間など惜しみません」

あたしを職員室に呼んだのは担任だったら、実際にに用があったのはあたしのクラスの数学担当の先生。
何気にあたしが気をゆるす唯一の先生。

「そうか。それにしても藤堂さんは手際がいいな。慣れているようだね」
「そうですか?よくこういうの担任にされていたから、身についたのですかね…」

フフフ、と黒い笑みを零しながらあたしはプリントを印刷する。先生の用とは、来週自習の時間に使用するプリントを印刷する事を手伝ってもらいたかったようだった。
そんなことは朝飯前、とでもいえるような感じであたしは印刷機を使いこなす。

「…藤堂さんも、苦労しているんだね」
「疲れることはありますけど、苦ではありませんよ」
「…そっか」

そう、別にこんなことは苦でもない。付け加えて言うなら、疲労でもなんでもない。前世で慣れていたから、ただそれが未だに身体に染み付いていただけで、別になんとも思わない。

「あ、これで最後ですか?」
「あぁ。あ、けどインクが足りないな…。藤堂さん、その下にインクがあるからとってもらえるかな?」
「はい」

先生に指示され、あたしは言われた場所から印刷機専用のインクを取り出す。普通の印刷機に比べて、学校のは大きいからインク量も半端じゃない。実際に、取り替えようのインクは抱える大きさだった。

「これですね」
「ありがとう、藤堂さん。……ぁ」
「え?」

先生に渡すと、先生はあたしの手を見て小さく声を上げた。
え、なに?どうかしたんですか?
聞きたいけど聞きにくく、先生が見ているあたしの手を見てみれば…。

「わ…、真っ黒……」
「インクが手についたんだね…。よし、あとは俺がするから藤堂さんはもう帰ってもいいよ。ついでに、手を洗ってね」

窺って言う先生は、本当にあたしの担任とは比べものにならないほど優しい、紳士な先生だ。まぁ、実際印刷する枚数は本当に少しだから先生もそう言っているのだろう。
にしても、担任とは大違いだった。

「い、いいんですか…?」
「うん。手伝ってくれたからね、最後までは流石に酷いだろうしね」
「ぁ、ありがとう…ございます…」

照れ臭い…。先生の顔を見ることが出来ず、あたしは深々と頭を下げて礼を言った。先生はあたしの行動に、そんなことをしなくていいんだよ、とまた担任とは大違いな事を言ってくれてあたしはこの人が担任だったらな、なんて改めて思った。

「それでは、失礼します…」
「うん。気をつけて帰ってね」
「はい」

ドアの前で一礼して、あたしは印刷室を出てそのまま教室へと戻った。外はすでに夕日が沈みかけていて、眩しいくらいに日が照っていた。

「…さっさと帰ろう」

廊下で数秒夕日を眺めていたけど、なんだか胸のあたりがズキリ、と痛み、それを拍子に足を進めた。

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