▼ 素性
森の中を進んでいると、一つの弱々しい気配…否、妖気を感じた。
「…この妖気……」
昔、…というか、前世で慣れていた妖気。屋敷に、牛鬼おじ様と一緒に来てあたしと一緒に遊んでくれたあの子の妖気に似ていた。減らず口で、人を馬鹿にするような態度をするけど、いつもあたしを心配してくれていたあの子の妖気。
ゆっくりと慎重に進んでいると、前方に木に寄りかかって荒い息遣いをして苦しそうにしている妖怪が。
「っ…牛頭っ!!」
思わず声に出して名前を呼んでしまった。その声は予想以上に大きくて、空耳以上にはっきりと牛頭に聞こえたのだった。
「誰だ!?」
「っ!」
無意味だというのにあたしは木の後ろに隠れてしまった。声を出した時点で気付かれているっていうのにね。しかも、知らない奴なのに軽々しく愛称で呼んでるし。
「出て来い!!そこにいるのは分かってんだよッ!!出てこねぇのなら…ごふっ!!」
「っ!」
あたしを脅そうとしているけど、彼の傷があまりにも深いのか、すぐに吐血した。見るに耐えない光景。
「っ…さ、っさと…出てきやがれ…!!」
「ッ……」
ここであたしが行けば牛頭の事だからすぐにあたしが【奴良緋真】だということがバレてしまう。もし行かなければあたしの正体はバレない、けど牛頭の傷は悪化する一方で危険な状態になると言っても過言ではない。
二択に一つ。
「出て、来やがれっつってんだろうが!!!」
「!!」
悲痛とも言えるような言葉。その言葉が引き金となった。
「………」
「……な……っ…」
見捨てるなど、あたしには出来なかった。あたしの姿に、牛頭は目を丸くする。仕方がないだろう、この姿を見て丸くしないほうが可笑しくない。
ゆっくりと、あたしは牛頭の名前を呟いた。
「牛頭……」
「っ……緋真、おじょ…」
もう、どうなってもいいや。
「…じっとしてて、すぐに治すから」
牛頭を倒して、あたしはヒーリングを行う。牛頭は頭がついていかないのか、ただあたしを目を丸くして見ているだけ。それを気付いているけど、あたしはあえてその視線を無視して治療に専念した。
ようやく傷が塞がった頃に、牛頭は口を開いた。
「…なんで、あんたが此処に居るんだよ…」
「友達と一緒に来ている、」
「違う!!!」牛頭の覇気にあたしは気圧される。牛頭はあたしから目を逸らして、自身の拳を見つめながら言った。
「お嬢は、死んだんだろ…?…どうして、あんた…」
「…確かに、あたしは死んだ。【奴良緋真】は死んだよ、数年前に」
「じゃあ、何で…」
「…生まれ変わったの」
【奴良緋真】から【藤堂緋真】に。
「う、そ…だろ…?」
「本当のこと。じゃないと、あたしの中に牛頭や馬頭のことなんてないんだから」
「っ……」
あたしの言葉に、牛頭は言葉を詰まらせ再び俯いた。あたしは真実を話した。偽りは全く入っていない、真のみの話を。
「…どうして、本家に帰らないんだよ…」
「………だって、」
牛頭の言葉に、あたしは躊躇ったけど答えた。
「気味悪いでしょ?」
死んだ人が生まれ変わった、なんてさ。
そう言うと、牛頭は再び黙ってしまった。自虐的に言い過ぎたかもしれない、という反面、これが事実であるという事を突きつけられた。
「…このことは、誰にも…」
「…分かっている。牛鬼様にも、言わねぇよ」
「…ありがとう、牛頭」
やっぱり、牛頭はいい子だと改めて思えた。そう思いながら笑みを零して礼を言えば、牛頭は小さく笑みを零した。
え、かなりレアものじゃない?
「…やっぱり、緋真は笑ったほうが似合う。緋真は、笑っとけよ」
「っ……うん」
牛頭の言葉は、あたしの中にスゥと入ってきてあたしの心を暖かくさせた。
本当に、嬉しい。
一人、誰かに言うだけで心はこんなに軽くなるものなんだって思えた。
「無理は、しないでね」
「分かってる。…お嬢も、気をつけて帰れよ」
「お嬢、なんてもう呼ばなくていいよ。呼ぶ、関係じゃないんだから…」
「……」
牛頭と目を合わせにくくなってつい牛頭から眼を逸らすと、同時にあたしにきたのは頭の痛み。牛頭に頭を叩かれたのだ。
「い、痛い…」
「…お前が、誰だろうがお前はお前だ。それは変わらない。つまり、お前は…緋真は緋真だ。お嬢と呼ぶ関係は変わらねぇよ」
「っ……牛頭…」
穏やかに言う牛頭に、目頭が熱くなる。そして、視界がぼやけてきてしまった。
嗚呼、もう。泣かないって決めてるのに。
「…馬頭にも、怪我しないように言っててね」
「あぁ」
「…またね」
「それでは、また…」
それを最後に、あたしたちはそれぞれ行く道を進んでいった。
prev /
next