▼ 看病
「っ……」
目が覚めると、そこはいつもの部屋だった。中学校に入ると同時に、院長先生に貰った一人暮らしのためのアパートの一室。無事に、帰ってこられたんだなって不思議と思えた。
「ていうか、何で…あたし…」
「お、目が覚めたかい?」
「!」
あたしに聞いてきたその声は言わずとも誰の声か分かるもので。あたしは思い切り声がしたほうへ目を向けた。そこにはやはり、とでもいうべきか…。
「奴良くんの…」
「熱はねぇみてぇだな。けど、あまりにも怪我がひでぇから今日は学校休みな」
「あの、どうして…此処に…」
「ん?アンタ覚えてねぇのかい?」
「…えっと、あの妖怪騒ぎの時…ですよね?」
お父さんに抱っこされてから全然記憶がありませーん。ちゃらけては言わなかったけど、曖昧である事を言った。すると、お父さんはフッと小さく笑みを零してあたしの頭を撫でた。
「俺の家で療養しようと思ったが、生憎無理そうだったからな。アンタの生徒手帳を見さしてもらってここまで送ったのさ」
「あぁ…。…というか、どうしてあんな処に…」
居たのですか。と聞こうとするあたしの口をお父さんは指で抑えて、聞かないでくれって目で訴えてきた。
え、なんなのこの色気ありまくりな人。
「あぁ。あとすまねぇが、俺の友人の医者に勝手に見せちまったからな。アンタの身体」
「え、あ、はぁ…」
無断で?まぁ、どうせあたし病院に行く金もないし、有り難いって言ったら有り難い。
「身体の調子はどうだ?」
「えぇ、まぁ…だいぶ良くなりました」
「骨は折れてもないから安心しな。今日はゆっくり休みな」
「あ、はい…」
知り合いの友人って、きっと鴆さんのことだろうな。奴良家のお医者って彼くらいしかいないしね…。そう思っていると、なにやらいい香りが。
「美味しそうな…香り…」
「ん?あ、いけね…!」
「?」
台所から漂ってくる匂いを気にした瞬間、お父さんは何かを思い出したかのように慌てて台所へと向かった。
へ?どうしたの?
お父さんは数秒して、何かを持って出てきた。
「ふー、あぶねぇ…。危うく焦がすとこだったぜ」
「…それ、って…」
お父さんの両手にあるのは温かそうな、美味しそうな卵粥だった。
お父さんの、手料理…
「勝手に台所を使って悪かったな。腹減ってるだろうと思ってよ」
「確かにお腹は空いてましたが…。…いいんですか?」
そこまで世話をかけなくても…。そう言えば、お父さんはまたあたしの頭を撫でて嬉しそうに笑って言った。
「子供は甘えておくもんだぜ」
「っ!!」
お父さん、あたしとあなたはもう他人なんですよ?
そう言いたい、けど頭の隅っこのほうで言ってはいけないと誰かが叫んでる。
「い、いただきます…」
「どうぞ」
あたしは思っていた事を捨てて、そのままお父さんが作ってくれた卵粥に手をつけた。美味しそうな匂いで、食欲がそそられる。冷やして一口。
「どうだ?」
「……美味しい、です…」
「…そっか」
下を俯いて答えたあたしに、お父さんはまた頭を撫でてきた。なんなんだよ、そんなにあたしの頭が好きなのかよ。そう思ってお父さんを見れば、お父さんは穏やかな瞳であたしを見てた。
っ…こっち見んな。
「美味しそうに食うな、アンタ」
「実際に美味しいんですから、仕方がないじゃないですか…」
「……そっか」
懐かしい味。小さい時も、こうやってお父さんが卵粥を作ってくれて看病してくれてたのを思い出す。
嗚呼、何もかもが懐かしい。
「っ……」
「…どうかしたのかい?」
ポタ、ポタ、と手に暖かいものが落ちてくる。
何で、今泣くのかな?
何で、今涙を流すのかな?
泣かないって、決めたじゃないか。
「……何でも、ありま…せ…っ…」
「…そうか」
あたしは止まる事の知らない涙をそのまま流したままお父さんの問いに答える。泣くな泣くな。お父さんに、こんな顔を見せたくない。絶対に、見せたくない。
「…言いにくいと思うが、聞いてもいいか?」
「……なんですか?」
泣きながら食べていると、お父さんは真剣な目であたしに聞いてきた。お父さんの真剣な目は久し振りに見たような気がした。いつも、まさにぬらりひょんだなって思うくらいぬらりくらりと流離っているから、不思議に感じた。
「…あんた、家族は?」
「……」
やっぱり、聞いちゃうよね。
此処はどう見ても一人暮らしに丁度いい場所で、一世帯だったらかなり狭い。しかも布団や食器の枚数を見れば一目瞭然。
「いません。物心ついたときから、あたしは独りでした」
「…そうか」
お父さんはただそれを聞くだけでなにも言わなかった。あたしはあたしで、お父さんがそんな悲しい顔なんかしなくていいのに、と思いながら卵粥を食べた。
お父さんって、意外と料理上手なんだね。
「…今は、幸せですよ」
「?」
無言になったお父さんにあたしは呟くように言った。
「あたし、今此処で一人暮らしなんですけど…あたしには場所は遠いけど家もあるし、学校には友達がいる。…奴良くんのお父さんが、そんな悲しそうな顔をしなくてもいいんですよ?」
あたしにとって、今この時間が至福の一時でもあります。
今の思いをお父さんに伝えると、お父さんは目を一瞬丸くしてその後優しくまたあたしの頭を撫でてきた。
嬉しいけど、もうツッコまないからね。
「リクオの奴を、これからも頼むな」
「はい。でも、奴良くんは本当にいい子ですよ」
「!…そうだな」
お父さんは心底嬉しそうに笑ってそのまま家を出て行った。ほんの少しの時間だったけど、あたしにはうれしい事この上なくて、リクオには悪い事をしちゃったなって思ってしまった。
でも、あたしは後悔していない。
これからもリクオを間接的に守っていく。傍には氷羅がいるし、青もいる。それに、リクオ自身自分の身体を薄々気付いてる。
だからあたしは深く追求しない。
「…リクオ、頑張ってね」
お姉ちゃんは影から見守っておきます。
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