▼ やってきた百鬼夜行
「……?」
くると思っていた痛みは何故かこなかった。何で?
ふと、周りに霧がたちめいている事に気がついた。そして、たくさんの妖気にも。
「ん…」
「なんだ…ありゃ…」
「っ……」
身を起こして、窮鼠達の隙間からその光景を見る。そこにはこの世ならざぬモノの姿が…。
嗚呼、来たんだね…。
「な…、こ…これは…」
異形のモノどもが畏れを纏って歩いてくる。そして切が晴れたと同時に露になる魑魅魍魎ども。
これが、百鬼夜行……リクオの…。
「…っ…(逃げるなら、今…)」
弟の成長に心嬉しく思う中、此処に居たら人質として彼等を脅すのは明々白々だというのをあたしの冷静な部分が告げる。それならさっさと逃げたほうがマシだ。
ゆっくりと気配を消して、あたしは窮鼠どもから逃げようと試みる。
「またせたな…ねずみども…」
妖怪たちの中心からリクオが低い声で旧鼠たちに語りかける…。
夜のリクオ。昼のリクオとはやはり別人で、格好良いし(いや、昼のリクオももちろん格好良いよ、なんたってあたしの弟だし…)、…でも、昼のリクオが持っていない色気を夜のリクオは持っている。
ちくしょう、これも全部爺ややお父さんから受け継いだものなのか!!?
「何者だぁ!?テメー!」
「本家の奴らだな…」
「三代目はどーした!?」
「いや…あんなガキはどーでもいい…。回状は!?回状を見せろ!!ちゃんと廻したんだろーなぁ!!」
「………奴が書いたのなら破いちまったよ」
「んだとー!?」
リクオの言葉に逆上する窮鼠。あと、もう少し…。
「ならば約束どおり殺すまでよ!」
窮鼠はバンッとゲージを叩いてリクオを脅す。しかし、そばには鋏を宿した妖怪と青がそこにいてゲージを破壊していた。そしてカナさんと花開院さんは首無に助けて貰っていた。
良かった…って思ってたら窮鼠は逃げている最中のあたしの方に目を向けてきた。そして窮鼠の視線に手下どもも見てきて、視線がどんどん集まってきました、あたしのほうに。
あ、ヤバい。
「テメーは逃げるんじゃねーよ!!」
「っ!!」
言いながらあたしに向かって爪を再び振り下ろす窮鼠の手下。あたしはというと蹴られたり殴られたりした部分が悲鳴を上げて身動きが取れない状態に。
ヤバい、万事休すじゃん…!
が、ふと背後を見た。そこには…。
「っ…ぉ、」
「ギャァァア!!!!」
一瞬で、そして一太刀で窮鼠の手下を殺したリクオの父。
なんで、…此処に居るのかな?
「おいおい、女に対してなってねぇなぁ…」
「っ…奴良く、の…」
「…随分、酷い目に遭わされたな…」
心苦しそうに言うお父さん。
やめて、そんな顔しないで。
お父さんは、笑っててよ。
あたしなんかの為に、そんな辛そうな顔をしないでよ。
「だ、大丈夫です…それより、カナさんと花開院さんが…っ!?」
「カナちゃん達なら大丈夫だ。それより、おめぇの方が傷が酷ぇんだ」
目を見張った。ゆっくりと、忍び寄るソレ。
「…ぁ、」
すぐそこに居るのだ、窮鼠の手下が。
「!う、ぐっ、し…!!」
「黙ってろ。傷が酷くなる」
あたしの身を案じてくれるお父さん。
嬉しい、心配しれくれるなんて本当に嬉しい。けど…。
お願い。気付いて、気付いて、気付いて…!
「ぬ、…く…!!」
「なんだ?」
「ぅ、し……後ろー!!!」
「!?」
痛みで身体が悲鳴を上げた。でも、それよりもお父さんを助けるなら、自分の身体なんてどうなってでも良かった。バッと、お父さんを横に倒して自分が前に行くように身体を動かした。自分に向かって鋭利な爪が振り下ろされる。
嗚呼、また…。
「!緋真っ!!!!」
お父さんの為に死ねる。
ゆっくりと目を閉じた。
「
影鬼・夜空襲陰」
一瞬、音が止んだような気がした。
窮鼠の鋭利な爪はこないで、あたしに来たのは暖かな抱擁。視界は真っ暗な闇に覆われた。酷く、懐かしい心地よさ。
「…鯉伴、お前気を緩み過ぎだ」
「っ、あぁ……すまねぇ、燈影」
お父さんと、もう一人はあたしが前世の時に唯一好きだと、愛しく思えた人。
「…無理は、しないでくれ」
「燈、影…さ、」
ギュッと、あたしを抱き締める燈影さん。ただ呆然と、他人事のようにあたしは燈影さんに抱き締められた。
嗚呼、これが愛しいという感情なのか。
「ご、ごめんなさ…!す、すぐにどけますっ」
今思えば、燈影さんに抱きしめられていた昔とは違ってつい意識してしまう。慌てて燈影さんから離れた途端、あたしに襲い掛かってくるのは身体中の痛みと吐き気。
「ぐっ…う゛…!」
「動くんじゃねぇ。骨が一本はいってても可笑しくねぇぞ」
「…無理をするな」
「でも…っぐ…」
動けば動くたびに身体が悲鳴を上げる。無力な自分に思わず涙が出てしまいそうになった。涙を流すのは、あの日で最後だって決めてたのに…どうして、
「…我慢、するんじゃねぇよ」
「!」
ふいに暖かくなくなった感触に、あたしは顔を上げる。どうやらあたしはお父さんに抱かれていた、よう…で……って、え?
「な、なななななな何するんですか!?」
「何って…抱っこ?」
「あ、ああああああたしにしなくてもいいじゃないですか!!」
何言ってるんだお前、って感じな目でみんじゃねぇよ!!ふざけるなバカ野郎!!そして燈影さん、小さく溜息且つ笑みを零さないでくださいよ!!!
内心叫んでいると、ふいにお父さんが小さく笑った。え、なんで?
「…もう、怖くないか?」
「!……はい」
お父さんの意図が理解していないって、まだまだだなぁ…。
「燈影様、鯉伴様」
「神無」
「他の子は大丈夫か」
「はい。窮鼠を撒きましたが、精神的に疲労があるようで…」
神無が報告をしていて、心配そうあたしを見ていた。大丈夫だよ、神無。ごめんね。声が出ないから心の中で思っていると、丁度戦いは終止符を打とうとしている場面で…。
「…奥義・明鏡止水“桜”………夜明けと共に塵となれ」
リクオが窮鼠を倒した場面だった。ホント、大きくなったね…リクオ。
「っう…」
「おい、大丈夫か?」
「っ!」
「ちょっと、無理っぽいで…」
す。
最後まで言えず、あたしはお父さんの腕の中で気絶してしまった。
あーあ、またお父さんの服を汚しちゃったなぁ…。
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