影と日の恋綴り | ナノ
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 千鶴の答え

(千鶴side)

やがて私は、お千ちゃんと二人きりになる。

「……突然押しかけられた上、色々なことを言われて、混乱したでしょう?……ごめんなさいね。本来なら、こんなやり方はしないんだけど」
「ううん、大丈夫。こっちこそ、さっきは皆さん方が失礼なこと言ってしまって……ごめんなさい」
「まあ、あれぐらいは予想してたから。いきなりあんな話を信用しろって方が無茶だもんね。鬼と呼ばれる生き物が本当に存在してる、なんて簡単に信じられる人間は、そうそういないし」

目を逸らして告げるお千ちゃんは、憂いているように見えた。でもそれは一瞬のこと。

「それよりも……さっきの提案、どうかな?ちゃんと、考えてみてくれる?」

ここを出て、お千ちゃんの所に身を寄せる……か。
京に来たばかりの頃にそう言われていたら、素直に従っていたかもしれない。
でも、今は……。

「新選組の人たちは、あなたを守れると言ってたけど……私は無理だと思う」
「……」

確かに、そうかもしれない。
新選組の人たちは、強い。人間相手ならば、少しくらい数が多くたってどうということはないと思う。
でも、鬼が相手では話が違う。
風間さんも、天霧さんも、不知火さんも……幹部隊士の方々にあれだけの苦戦を強いたのだ。隊士さんの中でも、命を落とした人だって何人もいる。
……幹部隊士さん方がそうなっても、おかしくはなかったのだ。

「今後、京の政局はますます混乱する筈よ。そんな時に、風間がやってきたら……どうなると思う?あなたは新選組から離れるべきだわ。そうすれば、彼らも心おきなく戦える」
「お千ちゃん……」

彼女は、真剣だった。多分、本気で私の身を案じてくれているんだと思う。

「ありがとう、お千ちゃん。でも……」

それでも……、どうしても、踏ん切りがつかなかった。

「もしかして……、ここから離れたくない理由でもあるの?」
「……うん」
「……誰か、心に想う人がいるとか?」
「えっ!?」

真摯な問いかけだった。からかうような調子は微塵もない。
……私も、正直に答えなくちゃ。

「うん、実は……」

彼女は少しだけ驚いた様子だけど……。やがて、ほっとしたように口元を緩める。

「……そっか。それが誰なのかまでは聞かないけど……。あなたが一人の女の子として見つけたものが、ここにはあるのね。……それなら、離れろなんて言える筈ないか」

そう言ったお千ちゃんの表情は、安堵したような晴れ晴れとしたような明るいものだった。
話し合いは済んだということで、私たちは広間へ向かおうと腰を上げた。でもそこで、再びお千ちゃんに声を掛けられた。

「ねぇ、千鶴ちゃん。千鶴ちゃんが前に言ってたもう一人の女性って、あの人のことよね?」
「え……、あ……」

お千ちゃんが言う女性というのは、緋真姉様のことに違いなかった。ひとつ頷くと、彼女は困ったように笑って見せた。

「千鶴ちゃん、あの人のことが畏ろしいって言ってたわよね」
「うん」
「…私もね、今日初めて見た時に彼女を畏れちゃったの」
「お千ちゃんも?」

意外な言葉に私は驚いてしまう。そう返されると分かっていたのか、お千ちゃんは頷いて、真っ直ぐ私を見つめた。

「私たちとは違う種族なのは分かったわ。人ではない存在。でも、彼女は鬼ではない。……あのね、千鶴ちゃん」

言い難そうに口を紡いだお千ちゃん。でも、意を決したのか、ゆっくりと口を開いた。

「千鶴ちゃんとあの人は、相容れない存在。難しいかもしれないけど、できれば一緒に居ないほうがいいわ」
「え……」
「彼女にとって、“鬼”は良くないものだから」

彼女の言葉の意味を理解することができなかった。

(千鶴side終)



広間へ帰ってきた二人に皆の視線が集まる。待っている間、広間は重苦しい空気が流れ続けていたが二人が戻ってきたことで霧散した。近藤さんが皆を代表して訊ねる。千鶴が何と言おうか戸惑っていると、千姫が一歩前に出て代わりに答えた。

「これからも、彼女のことをよろしくお願いします」

つまり、千鶴は此処に残ることを決めたということだ。
大船に乗ったつもりで、と新八さんが豪語するがすぐに左之助さんにお前のは泥船だ、と言い返される。千鶴が残ってくれることが嬉しいことには変わりない。

「千鶴ちゃん、忘れないで。私は、あなたの味方だから」
「ありがとう」

今は新選組に千鶴をお願いするということで収まった。今後の京の政局や風間達の行動では再び訪れる可能性はあるだろう。けど、今は千鶴が新選組に残るといってくれたことに喜んだらいいだろう。
屯所の入り口まで千鶴は彼女達を見送りに出る。
その背中を見届けてから、あたしは広間を後にした。

≪聞いてみるつもりかい?≫
「ええ。……あたし自身、きちんと探さないといけないからね」

『もう一人のあたし』に問われ、そう答える。部屋に置いた鬼哭を手にしたと同時に姿を変えて、静かに屯所を抜け出した。
千鶴と別れ、屯所を後にした千姫と君菊の姿が目に映った。急いでいる様子もなく、ゆっくりとした歩調で進む彼女達を呼び止めることは容易かった。
こちらに気付いてもらうために、挨拶代わりに畏を放ってみせた。

「!」
「何者!」

千姫を護るように構えた君菊。流石としか思えなかった。姿を見せないあたしに周りを忙しなく見る彼女達にクスリと笑みを溢した。その笑い声を拾い上げた君菊が手にしていたクナイをこちらへ向かって放った。
おっと、まさか攻撃されるとは思わなかった。
慌てる素振りを見せず、放たれたクナイを鬼哭で弾いて落とした。誰かがいる、と確証した彼女達はさらに警戒を強めた。別に戦うつもりではないため、あたしは隠すことなく姿を見せた。

「!あなたは……」

あたしの姿に驚く千姫と、クナイを手に構える君菊。忠誠心が強く、讃えたいと思うほどだ。しかし、そんなことを言っても警戒心が解けるとは思っていない。君菊から千姫に視線を変え、あたしは口を開けた。

「…あたしは、関東任侠妖怪総元締奴良組三代目補佐、ぬらりひょんの孫…奴良緋真。あんた達に、少し聞きたいことがある」
「奴良組…、ぬらりひょんの孫…?…あなたは、ぬらりひょんなの?」
「四分の一、だけどね」

わざとらしく肩を竦める。そして空気を一変させて、あたしは二人に尋ねた。

「……あんた達は、奴良組を知っているか?」
「……。……いいえ、知らないわ」

躊躇いはあったものの、考える素振りもなく、千姫は答えた。言い難そうにしていたけれど、あたしが期待していたからだろう。期待した言葉じゃないことに、申し訳なさがたってしまったようだ。
分かっていた。知らないだろうと、分かっていた。
それでも、あたしもショックを隠すことはできなかった。

「……そう、か。あんた達でも知らないんだな……」

混ざり合ったこの世界に、奴良組は存在していないと言ってもいいのだろう。
期待していなかった。でも、心の奥底ではやはり期待していた。
あたしの帰る場所は此処にはないのだ。情けなくも、泣きそうになった。

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