影と日の恋綴り | ナノ
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 鬼

「この国には古来より、“鬼”という生き物が住んでいました。幕府や、諸藩の高い位にある者は皆、知っていたことです。ほとんどの鬼たちは人間と関わらず、ただ静かに暮らすことを望んでいました。ですが……、鬼の強力な力を目につけた時の権力者は、自分たちに力を貸すよう求めました」
「鬼たちは……それを受け入れたの?」
「多くの者は拒みました。人間たちの争いや、彼らの野心に、なぜ自分たちが加担しなければならないのかと」

人と妖には互いの領分が存在する。それを侵してしまうことは、互いに良くないはずだ。
彼女たち“鬼”は分かっていたのだ。巻き込まれたくない為に、巻き込みたくないために、ずっと昔からそれを守って生きてきた。
しかし、人間達は貪欲で傲慢な生き物だ。

「ですが、そうして断った場合、圧倒的な兵力で押し寄せてきて、村落を滅ぼされることさえあったのです」
「ひどい……」
「鬼の一族は次第に各地に散り散りになり、人目を避けて暮らすようになりました。人との交わりが進んだ今では、純血に近い鬼はそう多くはありません」
「それが、あの風間たちだと言うことかな?」

近藤さんの問いに、千姫は頷いた。

「今、西国で最も血筋が良い家といえば、薩摩藩の後ろ盾を得ている風間家です。頭領は、風間千景」
「…………」
「そして、東国で最も大きな家は───雪村家。……あなたの家よ、千鶴ちゃん」
「えっ……!?」

突然、自分の家名を出された千鶴は驚いて声を呑んだ。
驚いたままの千鶴を余所に、千姫は続ける。雪村家の鬼たちが住んでいた隠れ里は、人間たちの手によって滅ぼされたと聞いていた千姫だったが、千鶴と出会い、彼女が生き残りではないかと考え始めたのだ。

「千鶴ちゃん。あなたには、特別に強い鬼の力を感じるの」
「そんな……だって、私は……」

突然明かされた真実に千鶴は二の句を継げなくなる。それもそうだ。今まで知らなかった自分の素性を、他人から明かされるとは思いもしない。しかし、彼女達が嘘を言っていることはない。そして、千鶴自身も納得をしてしまうような、思い当たることがあるのだ。

「純血の鬼の子孫であれば、風間が彼女を求めるのも道理です。鬼の血筋が良い者同士が結ばれれば、より強い鬼の子が生まれるのですから」
「なるほど……嫁にする気か」
「風間は、必ず彼女を奪いにくるでしょう。今の所、本気で仕掛けてきてはいないようですが……、それがいつまで続くかはわかりません。そうなった時、あなたたちが守りきれるとは思えない。たとえ新選組だろうと、鬼の力の前では無力です」

その言葉に、黙っていられるほど彼らは大人ではなかった。

「……なあ、千姫さんよ。無力ってのは、ちよ言い過ぎじゃねぇか?」
「新八の言う通りだ。ちっとばかし俺たちを見くびりすぎだぜ」
「今まで互角に戦うことができたのは、彼らが本気ではなかったからです」
「では、本気になってもらおうではありませんか。本物の鬼の力とやらを、見せて頂きたいものですね」
「山南さん、それは……」

山南さんの言葉に千鶴が思わず声を上げる。今までの闘いを思い出してしまうと、千鶴は不安でしかないのだろう。相当な力がまだ本気ではなかった。ならば、本気を出した力はどれほどのものなのか想像し難い。

「新八や原田の言う通りだ。確かに連中は、人並み以上の力は持ってやがったが……。絶対に勝てねえ程の力の差はなかった。たとえ、奴らが多少手加減してたとしてもな」
「そうですね。こっちには、泣く子も黙る鬼副長がいますし」
「まぁ、泣き止ませることがお上手なんですね副長ったら」
「総司、奴良。てめえらは黙ってろ」

沖田さんの言葉にそう言うと、土方さんに睨まれた。別に怖くもなんともないから、沖田さんと二人で笑い合う。そんなあたし達に千姫は険しい表情を変えないまま気持ちは分かると口にする。

「実際には、そう簡単でないことはわかっていらっしゃるのでしょう?あなたたちの役目は京の治安を守ることであって、彼女を守ることではないのですし。ですから、私たちに任せてください。私たちなら彼女を守りきれます」

キッパリ言い切った彼女に、隊士達も険しい表情や挑発的な笑みを浮かべて彼女に苦言を申し立てる。

「おいおい、決めつけんじゃねえよ。俺たちじゃ、あいつらに勝てねえってのか?」
「……言葉は悪いが、そっちの戦力は女が二人、だろ?あんたらの細腕で風間や天霧、不知火と渡り合えるとは、思わねえんだがな」
「何より、よそ者が僕たち新選組の内情に口を出さないでほしいよね」

そう言い返されて、千姫と君菊さんは困惑し始める。しかし、冷静であるのは変わらない。隊士達のまとめ役でもある土方さんに目を向け、君菊さんは副隊長としてどう考えているのかを教えて欲しいと申し出た。しかし、彼もまた千鶴を彼女たちに引き渡すつもりはなかった。

「鬼ごときに恐れをなして、一旦守ると決めた相手を放り出すってのは、俺たちのやり方じゃねえんだ。それに、あんた方が鬼だってのは百歩譲って認めてやってもいいが──だからって別に、あんた方を信用したわけじゃねえからな」
「……ずいぶんな物言いですわね。千姫様は、鈴鹿御前様の血を引く──」
「お菊、おやめなさい。今は、そのゆなことを言っている時ではありません」

千姫はあくまでも穏やかに、しかし反論を赦さない態度で君菊さんを制止する。すると今度は山南さんが彼女達に言葉を放った。

「私も、土方君に同意します。……もし彼女が人とは違う生き物の血を引いているのだとすれば、今後、色々とご協力願いたいこともありますしね」
「……!」
「山南さん」

山南さんの言葉に君菊さんが反応を見せ睨みつけるとほぼ同時に、あたしは彼に声を掛けた。

「そのご協力とやらは、一度あたしを通してからお願いしてもらいますよ。……それと、言葉にはお気をつけてください。反感を買う言い方は、不信感を抱くだけです」
「……そうですね」

君菊さん達を煽ってどうするのよまったく。
その“協力”というのが良くないことなのは分かっているけど、千鶴や彼女達の前で堂々と言っていいものじゃないでしょ。新選組のことを考えて行動しているとはいえ、それくらいの判別は分かっているでしょうが。
殺気立つあたしに山南さんは大人しくひいてくれた。でも、山南さんの言葉は険しい表情のままの君菊さん。美人が怒ると怖いとはいうけど、そんな親の仇のような目で見ないで欲しかった。

「そうですか……困りましたね。どうしても、承知しては頂けませんか?」
「……ちょっと、待ってくれるかね。肝心なことを確かめていないじゃないか」
「肝心なこと?」

そう言って、近藤さんは千鶴に目を向ける。
ああ、やはりこの人は分かっている。
大事なのは、事の中心に立っている千鶴の意思だ。

「……雪村君。君は、どう思うんだね?」
「わ、私は……その……」

千鶴はすぐに答えを言えることができなかった。
彼女もまた悩んでいる。自分の素性や風間達から身を守るために此処を出るべきか、此処に残って風間達と戦って傷を負う彼らをただ見ているだけなのか、自分にとって新選組にとって、千鶴はどう答えたらいいのか分からない様子だった。
その気持ちを汲み取った近藤さんは、少し困ったように笑った。

「我々の前では、何かと話しにくいかもしれないな。よかったら、千姫さんと二人で話してくるといい」
「近藤さん、そいつは──!」

土方さんが異を唱えようとするが、近藤さんは表情を変えない。山南さんも誰か立ち会うべきだと進言する。あちらには君菊さんを同席してもらばいい、と。しかし二人の言葉を気にせず、近藤さんは千鶴の思いを尊重しようというのだった。色々と言いたい隊士達だけど、自分達の頭がいうのだから、何を言っても無駄と判断した。
そして、千鶴と千姫は場所を変えて二人で話す時間を与えられた。
部屋へ入るまでじっと見続ける彼らにあたしは苦笑を浮かべて、告げた。

「そんな険しい表情しないでも大丈夫ですよ」
「……なんでお前がそんなことを言い切れるんだ」
「あら?あたしを誰だと思ってるんです?」
「……!」

ハッとして土方さんはあたしを見る。
その目を見て、したり顔を浮かべて言った。

「同じ妖同士、異変に気付かないはずがないじゃないですか」

何かあれば、あたしが千鶴を護る。

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