影と日の恋綴り | ナノ
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 客人

伊東さん達が新選組から離れて三ヵ月が経った、ある日の夜。

「……」

明日のことも考えるとさっさと寝なくてはいけないけれど、あたしは月を眺めていた。今宵は何やら忙しなく雲が流れていた。何かあるのだろうか、とじっと宵闇を見つめる。障子を僅かに開けていたから、千鶴が何度か寝返りをしていることに気付いた。

「…千鶴?」
「お姉様……」
「眠れないの?」
「…はい…。なんだか、やけに頭が冴えていて……」
「………」

珍しいこともある。いつもは一日の疲れがどっときてすぐに寝てしまうのに、今日はどうしたのだろうか。千鶴は昼間の稽古が理由かと思っているようだけど、たぶん違う。
あたしの勘が告げる。
厄介事が今からありそうだと。
それは見事に当たる。

「奴良」
「…土方さん?」

廊下の向こう側から現れたのは土方さん。まだ起きているのか、と互いに思う中、土方さんはあたし達の私室に目を向けた。

「雪村は、まだ起きてるか?」
「はい。起きてますよ」

千鶴に声を掛けると、飛び起きて返事をした。すぐに顔を見せることができるわけもなく、千鶴の代わりに土方さんに何か用なのかと訊ねた。その時、気付いた。土方さんの眉間に深く皺が刻まれていることに。面倒事でも起きそう…いや、起きているのか。

「雪村に来客だ。支度ができたら、広間まで来てくれ」

奴良、お前もだ。そう言って去って行った土方さんの背を眺めながら、千鶴に軽く身だしなみを整えようと声を掛けた。
来客。しかも、千鶴にだ。
行動を制限されているというのに、千鶴を訊ねる者がいるのは誰か。しかもあたしも来るように、と言われたら何かあるのは確かだ。
身支度を終えたあたし達は広間へ向かった。
戸を開け、千鶴が先に中へ入ろうとして足を止める。広間にいる人たちを見て彼女は驚きの声を上げてしまったのだ。気配で感知できたけど、幹部の皆さんもいるようだ。
でも、彼らだけではなく、見知ったことのない気配があった。
しかもこの気配は…。

「千鶴ちゃん、お久し振りね。ごめんなさい、こんな夜遅くにお邪魔しちゃって」
「お千ちゃん……?」

親しそうに千鶴に声をかけたその娘。千鶴のお客さんというのは、どうやら彼女のことらしい。
意外な客人に驚く千鶴。しかしいつまで経ってもあたしが入室してこないことに気付いた土方さんが部屋の外を覗いてきた。さっさと入れと言いたげな顔だ。何があっても知らないから、と内心思いながら、あたしも広間に足を踏み入れた。
視線を上げ、娘と目が合った。
瞬間、彼女の眸が揺れた。

「(ああ、やはり分かったのね……)」

千鶴に向けている優しい眼差しとは一変、目を鋭くさせた彼女。
まるで風間達と同じような眸をしていた。
あたしが何かしたわけでもないし、此処でことを大きくするはずもないと分かっているため、彼女の視線を無視して幹部の方達の傍に座った。

「おまえに、どうしても話してえことがあるんだとよ」

土方さんはこの場を千鶴に任せる様子だ。事の様子を静かに見守ることにしたあたし達。千鶴も自分が話を進まないと何も分からないと察したようで、再び娘に目を向ける。

「お千ちゃん。今日は、一体何の用事でここに?」

千鶴の問いに、彼女は真剣な眼差しで千鶴を見据えながら言った。

「用というのは、他でもないわ。私、あなたを迎えに来たの」
「迎えにきた、って……。どういうこと?言っている意味がよくわからないんだけど……」
「そうね。説明すると長くなるんだけど……、何から話せばいいかしら」

戸惑う千鶴に娘は困った反応を見せる。しかし、彼女の横で控えていた護衛役の忍は険しい表情で千鶴に告げた。

「もはや、一刻の猶予もありません。すぐにここを出る準備をしてください」
「ちょ、ちょっと待ってください。どうして私があなたたちと一緒に?」

夜分遅くに屯所に来たかと思えば千鶴を迎えに来た、と告げる彼女達に驚きを隠せないのは千鶴だけじゃない。共に過ごしていた幹部の皆さんも戸惑いを隠せなかった。

「そうだぜ、わけがわからねえ!いきなり訪ねてきて、彼女に会わせろなんて言い出すしよ」
「あんたら、こいつの親戚か何かか?こいつの方には、心当たりはねえようだが」

険しい表情で客人二人を見る左之助さんと新八さん。千鶴は此処で騒動を起こすわけにもいかないため、娘に詳しく説明してもらうようにお願いをした。娘も流石に不躾だと思ったようで、考えを改めて、順に説明をしてくれることになった。二人きりにすべきかと近藤さんが気を遣ったが、娘は険しい表情であたし達を見て同席するように告げた。

「あなたたち、風間を知っていますよね?何度か刀を交えていると聞きました」
「……なぜ、そのことを知ってる?」
「この京で起きていることは、大体、私の耳に入ってくるんです」
「なるほど。おまえも奴らと似たような、うさんくさい連中の一味ってことか」
「あんなのと一緒にされるのも不本意だけど。でも、遠からず……かしら」

土方さんの言葉に視線を下げた娘に、話が逸れかけているため土方さんは元にもどした。風間の話しだ。池田屋、禁門の変、二条城と、ことあるごとにあたし達の前に現れては邪魔をしてきた薩長の者。しかし、仲間とは言い難く、彼らは彼らである目的のために動いている。そう見ている沖田さんが左之助さんの言葉に続けた。まとめるように自分達の敵であることは確かだ、という土方さんに娘は目を鋭くして訊ねる。

「彼らの狙いがそこにいる彼女だということも?」

千鶴を横目で窺えば、不安そうな表情を浮かべていた。傍に寄りたいけども、あの娘の側近があたしの動きに警戒しているため勝手に動くことすらできない。皆を代表して、近藤さんが承知していると肯定する。

「確か彼らは、自らを“鬼”と名乗っていたな。信じているわけではないが……」
「彼らが人でないことは、あなたたちもよくおわかりの様子ですね。ならば、話は早いです。実を申せば、この私も人ではありません。彼らと同じ……鬼なのです」
「お千ちゃんが……!?」
「本来の名は、千姫と申します」

一礼する彼女、千姫の姿は、堂に入っていた。その横で控えていた忍も名乗り出す。彼女を視界に入れた土方さんが納得したように深く息を吐いて、なるほどと、と言葉を溢す。

「初対面だっつうのに、やけに愛想がいいと思っていたが……。おまえの狙いは最初から、俺を通じて新選組の情報を仕入れることか」
「さあ、何のことに御座りましょう?」
「(肝が据わってるなぁ、あの人……)」

土方さんに睨まれても動じないでにっこりと笑い、小首をかしげてみせる彼女の姿は感心してしまうほどだ。知り合いのような会話をした二人に新八さんが思わず訊ねたが、それに答えたのは左之助さんだ。

「よく見ろ、新八。君菊さんだ」

その言葉に驚き、声を上げる。そんな新八さん達の様子を見て、艶然として微笑んで見せる君菊さん。花街で情報収集するだけはあるものだ。と納得する。

「(とはいっても、爺ややお父さんは君菊さんに言い寄られてものらりくらいと躱しそうだ)」

経緯は色々あるけど、二人は一途なんだから。
あ、もちろんリクオもその血を引き継いでいるから、一途だと思うよ。
誰に対して?ふふ…それはもちろん、あの子に、ね。

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