影と日の恋綴り | ナノ
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 本当の信頼

平助と斎藤さんが伊東さん達と共に屯所を去っていった。同じ釜の飯を食っていた者として、互いに切磋琢磨し合った仲として、平助と斎藤さんが伊東さんと共に屯所を出て行ったことは、幹部の人たちは失望を隠しきれていなかった。
とはいえ、ずっと悩んでいたって戻ってくるはずがないんだ。

「左之助さん、手が止まってますよ」
「!……あ、あぁ……。わりぃ……」

夕餉の支度を手伝ってくれる左之助さんは物思いに更けては手を止めている。それが三度目ともなれば、あたしも呆れてしまう。本人は気付いていない様子だ。
平助とよく行動をしていた二人。新八さんは、平助に対し怒りや悲しみの感情を抱き、どうして相談してくれなかったのかと悔しい気持ちを面に出していた。左之助さんは面に出さないものの、平助の悩みに気付けなかった自分に対して失意していた。
それが数日続くとなると、あたしや千鶴は居心地が大変悪い。

「……情けない顔ですね」
「…悪いな。顔に出ちまってるのか……」
「ええ、思い切り出てますよ。みっともないお顔ですよ」

美味しいご飯も不味くなっちゃいますよ。そう言って笑ってみせるけど、左之助さんは空笑いを浮かべるだけ。いつもなら柔らかい表情をするというのに。やっぱり平助が伊東さんについたことは大きなダメージとなっているみたいだ。

「……お前は、強ぇな……」
「……」

零れた左之助さんの言葉にあたしは手を止めた。
こちらを見ないで手元を見つめる左之助さんは、あたしに気付かないまま続けた。
抱え込んでいた負の感情が、吐露された。

「俺達とは違ってまだ浅いけど、一緒に釜の飯を食った仲だ。それなりに衝撃を受けてるだろ。……でも、もう、前を見ていけるのかよ」

気持ちを切りかえていることが羨ましい。そう言いたい左之助さんの言葉に、あたしは小さく息を吐いて作業を再開した。
珍しいこともあるようだ。
まさか、左之助さんがあたしに八つ当たりをしてくるとは。
でもそれが少しだけ嬉しく思えた。
弱い部分をあたしに見せてくれているのは、頼ってくれているということ。

「組織が違うだけで、仲間ではなくなるのですか?」

だから、あたしは許す限り支えたいと思えた。
あたしが発した言葉に左之助さんがこちらを見ているのが伝わった。でもあたしは左之助さんに目も向けず、手を止めない。

「…奴良組は盃を交わさなくても、今まで敵対していた者達や関わりの無かった者達と共闘したことがあります。ただ上辺だけの関係じゃない。腹を割って話した末に生まれた関係です」

晴明との最終決戦で出会った日本の各地を束ねる百鬼達。敵だった四国妖怪や今まで出会ったことのない地方妖怪達と、あたし達は力を合わせて戦った。
たった一つの目的、晴明を倒すことを前にして百鬼夜行を束ねたのが我が弟だ。
終わったらバラバラになったけど、今でも連絡をしているところだってある。

「…本当の信頼は、窮地に立たされて発揮するものです。……お二人は、平助に対する信頼はその程度で失うほど薄っぺらいものだったのですか?」
「っ、んなわけねぇだろ……!」

強く否定した左之助さん。
だったら貴方がすることはただ一つ。

「それなら、しっかりなさってくださいな。賑やかな人たちが元気ないと、美味しく作った食事も美味しくなくなっちゃうんですよ?」

遠回しに辛気臭い顔はやめてくれ。と言ったあたしだけど気付いただろうか。そういう所は敏い左之助さんだから気付いたかもしれない。これで夕餉の時の重苦しい空気がなくなるといいんだけどなぁ。そんなことを思いながら、仕上げにとりかかろうとした時だ。

「緋真」

突然、背後から抱き締められた。
すっぽりと彼の腕の中に納まってしまった自分。目を点にするあたしを余所に、左之助さんは強く抱き締める。

「……ありがとな。……お前には、情けねぇ所を見せちまったな……」

掠れた声が耳元で囁かれる。ぴくりと体が反応を見せて、息が止まった。でも、悟らされたくなくて、勢いよく左之助さんの足を踏んだ。声にならない声を上げて蹲る左之助さん。そんな彼からすかさず離れて、器を取り出す。

「ば、場所を考えてもらえませんか!危ないんだから…!!」

わざとらしく食器の音を立てて忙しいんだと言えば、痛みが治まり始めた左之助さんはあたしの後ろ姿を見て笑みを溢す。

「…それは、悪かったな」

千鶴を呼んでくるぜ。と言って勝手場から出ようとする左之助さんは、敷居をまたいだ後にこちらを見た。

「緋真」
「なんですか」
「……」

クスリ、とまた笑った。
その眼差しは優しくて、不覚にもときめいてしまった。

「千鶴が来るまでに、耳、なんとかしとけよ」

そう言って去って行った左之助さん。
思わず振り返っても、すでに彼は背を向けて歩いていた。

「っ…だ、」

誰のせいだと思ってんのよ!!
声を高らかにして訴えたい気持ちになった。

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