影と日の恋綴り | ナノ
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 除霊

「っ……」

気分が悪くなりそうだった。なんなんだ、ここの空気は、気流は乱れすぎだ、汚すぎる
こんな場所、すぐに妖怪が来てあたし達は一溜まりもないぞ。
苦しい、憎い、助けて、熱い、寂しい、冷たい…幾百の怨念があたしの耳に聞こえてくる。同情したら駄目、襲われる、飲み込まれる、殺される。
また、死んでしまう。

「藤堂さん?」
「!」

突然声を掛けられあたしは慌てて前を見る。ヤバイ、ずっと俯いてばっかりだったみたい。しかも声を掛けたのはつらら…じゃない、及川さん。

「体調が悪そうに見えるけど、大丈夫?気分悪いの…?」
「ぁ、ううん、大丈夫。ちょっと、声がして…」
「…声、ですか?」

あたしの言葉に不思議そうに首を傾げた及川さん。
はい天使。

「さっきからずっと苦しいとか、呻き声がしてて…。それに、ちらほらこっちを見ているような視線を感じて…」
「……」
「あ、でもあたしの勘違いかもしれませんね!ゴメンね、気にしないで下さい!」

言わなかったほうが良かった。そう言って、及川さんと一緒に行こうと声をかけようとした時だった。

「安心して、藤堂さん!」
「へ…」

突然彼女はドンと胸をはったように言った。
えっと、何に安心して?

「藤堂さんになにか危険なことがあったらわたしが守るわ!大丈夫!こう見えて私結構強いのよ!」
「……っぷ、あはははっ!」
「え、え?!な、何が可笑しいの!?」

及川さんの言葉に笑ってしまったあたしに、彼女はオドオドとさっきとは打って変わって心配そうに見てきた。
あーもう、ほんっと…彼女って…、

「…あたしより、もっと守るべき人がいるでしょ?」
「え…」

そう、彼女はリクオの側近だ。
あたしは他人、守るべき対象ではない。

「そ、それって…どういう…」
「及川さーん、委員長、次行くよー」
「はい、分かりました。…行きましょう?」

あたしの言葉に目を丸くしているつららを促して、あたしは清継くんたちの方へと歩いた。倉田くんからの視線に気付かないまま。

「あとは此処と食堂だけか…」
「でも、此処にはなにも無さそうですね…。それに、女子トイレですよ…」

嘘。此処には悲しい声がトイレ中に響いている。辛い、嫌だ、悲しい、憎い、殺してやる、…憎悪と復讐と悲愴。感情が折り重なって此処の空気は濁り濁って歪と化そうとしている。危険すぎる。

「それじゃあ、何もなさそうですし…最後の場所に行きましょう」
「あぁ、そうだね…」

清継くんたちをさっさと食堂の方へと促して、あたしはゆっくりと歩を進めていた足を、止めた。そしてくるりと振り向いてトイレを見渡した。そのまま小さく呟く。

「…オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」

掌で温かいものを感じて、あたしはそのままそれを優しく放った。瞬間、室内は暖かな空気が流れ、さっきまで聞こえていた怨念や復讐、悲愴の声は聞こえなくなり、段々と霊が成仏していくのを感じた。
苦しくない、怖くない、もう大丈夫。
そう語りかけるように、あたしは眺めていた。

「…って、あ!!リクオ達のほうが大変なんだった!!」

ふと一瞬でこの後の展開を思い出して、あたしは慌ててその場をあとにした。

ありがとう…―――

何処からとなく聞こえた感謝の声を聞いて。



「きいてない…きいてないぞぉ〜〜〜!?」
「奴良くんっ!!」
「!?藤堂さん!?」

何かに驚いている声を上げるリクオに駆け寄って、あたしは現状を把握する。あーっと、これは清継くんたちは気絶して及川さんたちの正体に気付いたって感じ、かな…?
っと、まずは演技演技…。

「清継くんたち、どうしたのですか…?!」
「え、ちょっと気絶、して…!というか、藤堂さん今まで何処に行ってたの?!」

おうおう、質問返しかコノヤロー。と内心ツッコミながら周りを見てみると、倉田くんや及川さん、そしてリクオにしがみついているカナさんが立っていた。窓際に感じる妖気は、…これは鴉天狗だろう。
…元気かな…?

「あたしはちょっと落し物をしていたからそれを取りに来た道を戻っていたのですよ」
「!な、何もなかった?!」
「?はい、何もありませんでしたよ」

ま、本当は除霊をしてただけだけど。こんなこといえないな、なんて思いながらあたしはリクオに引っ付いているカナさんに声を掛けた。

「カナさん、カナさん」
「!そ、その声は…緋真ちゃん?」
「えぇ。大丈夫です、恐いものはなかったですよ」
「ほ、ほんと…?」
「えぇ」

弱々しく言うカナさんに安心させるような笑みを零して、あたしはカナさんの手を握る。そのままカナさんを誘導させる。その行動を見て、リクオは不思議そうにあたしを見た。

「カナさんを先に家に送りますね。奴良くんたちは、清継くんと島くんをお願いできますか?」
「え?!あ、うん!任せといて!」
「助かります。それでは、お先に失礼します」
「ば、ばいばい…リクオくん…」

未だ怖がっているカナさんの手を引いて、あたしは食堂を、旧校舎をあとにした。

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