影と日の恋綴り | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

 畏敬か恐怖か

(千鶴side)

「もう、朝……?」

短い夜が明けた。障子越しに聞こえた小鳥たちの囀りで、私は目を覚ました。周りを見れば、見慣れないものばかり。自分の部屋ではないということ。すぐに此処が土方さんの部屋であることに気付いた。
それと同時に蘇るのは、昨晩の出来事。
狂気に我を忘れた隊士たち。
斬られた腕の痛み。
そして、姿を変えて隊士たちを一瞬で葬ったお姉様。

「………」

私は起き上がると、包帯を巻いた右腕を押さえる。策や、寝る前に自分で手当てしたところだ。
痛みは、既になかった。
傷の具合を確かめる為、包帯を解くと…。

「やっぱり、治ってる……」

傷口はすでにふさがり、うっすらと一本の線を引いたような痕があるだけだった。この様子だと、明日には消えてしまうだろう。包帯も、もう必要なさそうだけど、あの怪我がこんなに早く治ったなんて知られたら、皆さんはきっと驚かれる。そう思うと、私は改めて包帯を巻き直すことにした。少し不便だけど、しばらくは怪我人のふりをしておくべきかもしれない。
あの後、皆はどうしただろうか。
近藤さん達は昨晩の事を伊東さんに何と告げたのか、ありのままに伝えたのか、それとも、誤魔化したのか。気になった私は、急いで着替えを済ませて部屋を出た。
広間へ向かう前に、顔を洗いに井戸へ向かうと、井上さん達幹部の姿が。少しほっとしながら、挨拶も兼ねて声を掛けた。

「おはようござ、」
「冗談じゃねぇ!そんな勝手が許される訳ねぇだろ!」

しかし、永倉さんの怒声に私の声は掻き消えた。井戸の周りにいるのは、沖田さん、原田さん、井上さんの他に、監察方の山崎さんと島田さんの姿があった。

「昨日の今日とは、流石に行動が早いな、あの狸」
「何かあったんですか?」

怒りを抑え込もうとしている声色に、私は思わず聞くと、隣にいた井上さんが応えてくださった。

「伊東さんが、分離すると申し出たんだ」
「分離?」

井上さんの話だと、昨晩、あれから伊東さんは土方さんと近藤さんと席を設けて話をしたという。隊を割り、御陵衛士という隊を結成すると告げる伊東さんに、近藤さんは引き留めようと必死になったらしい。しかし、昨晩の隊士の始末、山南さんが生きていたこと、そしてそれ以外にも何か秘密ごとがあると察した伊東さんは、ここにいられないとそう告げたのだ。
良いように言えば、発展的分離。悪いように言えば、隊を割るという話。
止むを得ず、近藤さんは隊の分離を承諾した。そして伊東さんを支持する隊士達を連れて、御陵衛士を結成するのだという。
その中には、斎藤さんと平助くんもいるのは、目から鱗が落ちる程だった。

「平助くんと斎藤さんが!?」

思わず声を上げた私に、井上さんは頷いた。
すると、耐え切れなかったのか永倉さんが苛立ちの声を上げる。

「平助の野郎!俺たちに一言の相談もしやがらねぇで!くそっ面白くねぇ!」

永倉さんは乱暴な足音を立てて、広間から出て行かれた。引き留めることもできない私は、重苦しい空気が流れてしまったこの場に何も言えなかった。皆が遣りきれない気持ちでいるのだと考えると、私もなんだか複雑な気持ちになった。
すると、原田さんが私のほうへ顔を向けた。

「そういや、千鶴。怪我の様子はどうなんだ?結構深い傷だっただろ」
「見た目ほど深い怪我ではなかったので……。そのうち治ると思います」
「そっか、そりゃ良かった。女の肌に傷が残っちまったとなりゃ、詫びようがねぇからな」

心から私の事を心配してくれている様子の原田さん。その気遣いに、胸の中が温かくなる。
それと同時に、脳裏に浮かんだのは姉様の姿。

「……あの、緋真姉様は……?」

その言葉に、幹部の皆さまはさらに黙り込まれた。やっぱり聞いてはならなかった事だろうか。あの後、“片付け”をされている中、姿を消した緋真姉様。土方さんは特に何も言わなかった。逃げるとは考えていない様子で、放っておけと皆に言っていた。
皆さんはどう思ったのだろうか。

「僕は何も思わなかったよ。むしろ、今まで疑問に思っていたことが解決したくらいだよ。あの剣術捌きも、納得したよ。今度、手合わせでも願おうかな」
「沖田さん……」
「そうだね。奴良くんの話はあとから歳さんに聞いたけど、そんな事で奇異な目でみるつもりはないよ」
「井上さん……」

緋真姉様の秘密を知っても、皆さんの態度は変わっていなかった。むしろ、そんなことがちっぽけだと言わんばかりだった。

「千鶴」

自分がお姉様に抱いた感情は違っていたのか、とそんな事を思っていると原田さんに呼ばれた。見ると、彼は真っ直ぐな目を私に向けていた。

「お前があいつに抱いた感情に間違いはねぇ。けど、その感情に流されるまま、あいつと話さないでいるのは違う。今までのあいつは、緋真は、お前にとって何をしてくれた?」
「っ………」
「ちゃんと話してこい。…あいつだって、お前に怖がられて、どうしたらいいのか困ってるだろうからよ」

あの時。
緋真姉様は、怪我を負った私を心配して声をかけてくれた。まるで自分が傷ついたように、眉を寄せていたお姉様。
なのに、私は恐れてしまった。
本当はずっと隠したかった正体。知られたくなかったのに、お姉様は私を護ろうとして姿を変えて、護ってくれた。
私はなんてことをしてしまったのだろうか。

「原田さん……、ありがとう、ございます……」
「……その言葉は、別の奴に言うもんじゃねぇのか?」

声が震えたから、それ以上言葉にすることはできなくて、コクリと一つ頷いた。そんな私に、原田さんは淡い笑みを浮かべて、背中を押してくれた。行ってこい、とそう言う代わりに押された背中は温かく、勇気を貰った気がした。
お姉様に謝ろう。
そして、ありがとうとお礼を言おう。
境内を走りまわる私を見て不思議そうに見る隊士の方々。そんな事を気にしていられず、私はお姉様を探した。勝手場にも洗い場にもいなかった。どこにいるのだろうか。周りを見渡して必死にお姉様を探している私の視界に、桜の花びらが入った。
その花びらが落ちた、その向こう。
ああ、いた。

「お姉様!!」

背を向け歩く姿を見た瞬間、私は躊躇うことなく呼んだのだった。

prev / next