影と日の恋綴り | ナノ
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 後悔するくらいなら

朝食を作ったあたしは、流石に昨日の事があって皆と一緒に食べる気にはならなかった。左之助さんはそんなことないと言っているけれど、幹部の人や、それに、千鶴はそうとは言えない。あの時、千鶴を怖がらせてしまったのは事実。あたしが声を掛けた瞬間、怯えたのだから。暫くは声を掛けないほうがいいだろう、と自分で言いかけて、一人裏庭へと向かった。
一人になりたかった。
ただ、それだけだったんだけど……。

「……(先客がいたみたい)」

八重桜を眺めながら物思いに耽る彼を見つめて、あたしは仕方ないと嘆息を吐いて近寄った。

「薄幸青年にでもなりたいつもりなのかしら?そんなしけった面、平助には似合わないんじゃなくて?」
「!緋真……!」

突然声を掛けてきたあたしに驚きを隠せない平助。吃驚したようで、腰を浮かせた彼をあたしは肩を押して座らせた。あたしを大きな瞳でじっと見つめる彼に、苦笑を浮かべて、その隣に座らせてもらった。

「昨日は大変だったわね。……吃驚しちゃったでしょ」
「ま、まぁな……。あんな姿になるとか……すっげー吃驚した」
「そうよねぇ。でも、4分の1、ぬらりひょんの血が流れてるから、ああいう姿に変わるのよ」
「ぬらりひょんって、本当にいるんだな……。やっぱ、勝手に人ん家に入るのか?つーか、妖怪っているんだな」
「他人様の家に入るのは、爺やだけよ。あたしはそんな非常識なことしないわよ。というか、目の前にいるじゃない。ちなみに、妖怪はそこら中、至るところにいるんだから」

昨日のことを話していても、平助は上の空状態。心ここにあらず、だ。そんな彼にあたしはやれやれ、と肩を竦めた。言えないのも仕方ないこと、か。今まで長い間付き合っていた新八さんがあんな様子だから、色々と言われるのが怖いのだろう。
でも、別に、平助の気持ちを否定する気などあたしには無い。

「自分の気持ちに素直になるって、すごく難しいことだよねぇ」
「え……」
「小さい頃は我が儘言ったって平気だったのに、大人になれば我が儘も言えない、素直になれない。…仮面を被って、偽りの自分を演じるようになる」
「………」

平助がずっと抱え込んでいたのは分かっていた。自分達新選組のあり方、移り変わる時代の流れの中に生きる自分達はどうなっていくのか、世間を飛び交う世論に惑わされ困惑し悩み生きて行くというのは、重く苦しく、辛いもの。

「でもね。……ずっと、自分の気持ちを隠し通して、押し殺すことなんて出来やしないのよ」
「緋真……」

それは自分自身がそうであったように。
平助はあたしの話を聞いてくれるようになって、こちらを見ていた。説教じみた話になるかもしれない。けれど、貴方の歩む人生に新たに生まれる一本の道になるように、あたしは平助に伝えたかった。

「今、こうして平助が悩んでいる事は、これから歩むであろう人生の分かれ道の前に立っているもの。一歩進んだ先が、平助にとって幸か不幸かなんてのは、分からない。でも、もし自分が歩んだ道の先に後悔が待っているいるのなら、後悔をしてしまうくらいなら、思い切って、自分がしたいことをしちゃえばいいのよ。失って気付くくらいなら、失わないように行動しなきゃ。誰にも壊されたくない、守りたい、そんな風に思う存在があるなら、ちゃんと守らなきゃ。」

人生というものは枝葉の如く道が存在している。一度誤ってしまった道を歩んだその先には別の道に繋がっているかもしれない。だけど、進む足が躊躇っているのなら、自分の気持ちに素直になればいいの。

「……緋真は、そんな事が、あったのか……?」
「あったよ。亡くしたくなくて、“私”にとって大切で、“あたし”にとって大好きな人を、あたしは失いたくなくて、護った。……後悔はしてなかった。でもね、他の人たちにとってはそれは間違いだったみたい」

“鯉伴様”を、お父さんを守りたかった。
もっとリクオの成長を見届けて欲しかった。
お母さんと幸せになってほしかった。
お父さんを守れたことに後悔はない。
でも、“奴良緋真”の死は、たくさんの人を悲しませてしまった。

「…まぁ、なんとか丸く収まったんだけどね。二度と自分の命を掛けるんじゃねぇって怒られちゃった」
「お前、何してんだよ……」

余程の事が無い限り、ンなこと言われないって。と苦笑を浮かべる平助を、あたしは抱きしめた。強く、強く、離さないといわんばかりに。

「平助、自分のしたいことを素直にやんなさいよ」
「……ありがとよ、緋真」
「絶対に、一人で抱え込んじゃ駄目よ。本当に辛くなったら、もう駄目だと思ったなら、斎藤さんにでも話しなさい。……決して、溜めこまないで」
「おう」

あたしの気持ちに応えてくれるように、抱きしめ返してくれた平助。
この先、何が起きようと、あたしは貴方の味方。
そして、約束を違えるつもりはない。

「元気でね、平助」
「おう。緋真も、そう暗くなんなよ!」
「……えぇ」

いつものように笑顔を浮かべてくれた平助に、あたしもやんわりと笑む。それから仕事がまだあるから、とあたしはその場を後にした。

「………」

正直に言えば、行かないで欲しかった。史実を知っているからこそ、平助を真選組に留まって欲しい気持ちに駆られた。でも、それはこの世界を歪めさせかねないから言えるはずが無かった。
ああ、もう。悔しいなぁ。
“知って”ても行動できない癖に。平助に言った言葉がブーメランのように返ってくる。後悔なんて何度もしたよ。京都の時だって、土蜘蛛の気配を皆に伝えていたら、もっと話をしていたら、自分に力があれば、なんて、たらればな事ばかりを考えていた。でも、あたしは英雄でもなんでもないのだ。非力な人間と妖怪の子なだけ。
だったら、自分に出来る範囲の事を精一杯するだけだ。

「(皆の食事が食べ終えた頃合いを見て、勝手場へ行こう。今からは、洗濯でもして……)」
「お姉様!!」
「!」

その呼びかけに、一瞬であたしの足は鉛のように重くなった。逃げたい衝動に駆られた。でも、それを許さんばかりに足は動かない。動きを止めたあたしへ駆け寄る娘なんて、たった一人。あたしの事を姉と呼んでくれるのはたった一人。

「緋真、姉様……」
「っ……」

真後ろに立っている妹分に、あたしは堪えられずぎゅっと目を瞑った。
何を言われるのかが、怖かった。
あれほど恐がらせてしまったんだ。千鶴だって距離を置きたいに決まっている。
そう思っていたのに。

「こっちを、見てくれないの……ですか…?」

どうして、悲しそうな声でそう言うの?

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