影と日の恋綴り | ナノ
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 隊を分かつ

昨晩の騒動の後、あたしは新選組の皆さんがいる場所に戻ることはしないで、一人西本願寺の片隅で一晩を過ごした。気持ちを整理するためにも、一人の時間はとても心地よく感じた。
そして、朝。
柔らかく、粉のように白っぽい朝の陽ざし。朝日を受けて朱鷺色に染まっていく西本願寺を眺めながら、あたしは静かに瞼を上げる。眩しい日の光に思わず目を細めてしまう。もう一度目を閉じて、また開ける。明るさに慣れたら、もう此処に長居する用はない。

「あっちも、気持ちの整理はできたかな……。そして……」

その後に続く言葉は、口には出さないであたしはその場を後にした。
新選組隊士が寝泊まりしている場所へと戻ったあたしは、とりあえず務めは果たそうと勝手場へ向かった。その道中だった。

「あら」
「!」
「……」
「……おはようございます。伊東さん、斎藤さん、藤堂さん」

部屋から現れた三人。伊東さんは何だか嬉しそうに、斎藤さんはいつもと変わらず、そして平助は暗い様子で、三人とも全く違っていた。珍しい組み合わせだと思いながらも挨拶をすれば、見たままの様子で挨拶を返された。何か聞いて欲しい様子の伊東さんだけれど、あたしは勤めがあるため先を急ぐ。
三人を通り過ぎた、その時だ。

「本当に、残念ですねぇ」

伊東さんは、わざとにもほどがある、大きな声でそんなことを口にした。
足を止めたあたしへと身体を向けた伊東さん。平助が「伊東さん…!」と制止の声をかけるが、伊東さんは知らぬ存ぜぬを貫き通す。あたしは眼光を鋭くしたが、一度目を閉じ、落ち着かせて伊東さんへ顔を向けた。

「……、…何がでしょうか?」
「いえいえ、こちらの話です。ふふ」

話すつもりは無さそうだった。笑みを浮かべ、伊東さんは背を向けた。それに続き、斎藤さんと平助もあたしに一言も声を掛けないまま去って行った。じっと彼らを見つめたあたしだったけど、昨日今日と行動が早い伊東さんのことを考えるとそろそろなんだと、悟ってしまった。
二人が、此処から去ってしまう日が。
以前話していた、御陵衛士が結成するのだろう。昨日の件もあり、好機だと思った伊東さんのことだ。それを餌にして、分離しようと告げたに違いない。土方さんや近藤さんは伊東さんに知られてほしくない羅刹のことを知られてしまった。彼に黙秘してもらいたいが、そう簡単に色よい返事を返すはずがないと踏んでの交渉。
極道一家に育てられたあたしから見れば、甘いものだけれど。凡ミスする銀髪のお酒のコードネームを持つ彼みたいに“疑わしきは罰する”並に、処分しても良いとは思う。だってこの時代だもの。足跡をつけなければ、普通に未解決事件で済ませそうだもの。
まぁ、そんな事は置いといて。
彼らが決めたのなら、あたしは何も言うつもりは無い。

「(…悲しむわけにはいかないもの)」

だって、変わっていくものがある中で、変わらないものだってあるんだから。
そんなことを思いながらも勝手場へ向かったあたしを待っていたのは、左之助さんだった。

「……お、はよう…ございます……」
「あぁ。おはよう」

最近はあたしと千鶴だけで作ることが多かった。けど、昨日の事があって千鶴は来ないと思っていたから一人で作るのだろうと思って此処へ来た。はずなのに、左之助さんがいるとは思わなくて、あたしは間抜けにも目を丸くして彼を見てしまった。
貴方だって、まだ気持ちの整理ができていないはずなのに。
驚くあたしの視線に、左之助さんは苦笑を浮かべて「俺が此処に居るのは、おかしいことか?」と聞いてきた。それに首を横に振って、あたしは左之助さんの隣へ立つ。まだ朝餉の用意はしていないので、ご飯を炊くところからだった。左之助さんに指示を出そうかと思ったけれど、どうやらそれは出来ないようだ。
今から食事を作るような人がしないほど、険しい表情を浮かべていた。

「どうかなさいましたか?」
「……平助と、一が……」

言い淀んでいた左之助さんは、耐え切れなかったのかあたしにも話してくれた。
伊東一派の脱退、そして新たな隊の創立と新選組との分離。それが“御陵衛士”。以前、あたしにも勧誘をしてきた話のことだ。もともと伊東さんについてきた隊士、そして何を思ってなのか斎藤さんと平助も、伊東さんについていくという話だった。
ああ、やっぱり。
話を聞く中、あたしはただそんなことを思うだけだった。きっと新八さんは激怒したことだろう。自分達に相談を一言もしないまま決めた平助のことを。何を思っているのか教えてくれたっていいだろう、とでも言っているのかもしれない。
でもね、そう簡単に思いを打ち明けるはずができるわけないじゃない。
それをよく分かっているあたしからすれば、平助の気持ちも分からない事ではなかった。

「……昨日のことを黙っているかわりに、ということでしょうかね」
「食えねぇ狸だよ、本当にな……」
「………」

ショックを隠しきれない左之助さん。平助と仲良くしていたのは新八さんと彼だ。時に兄弟にも見えたその光景を思い出すと、寂しいものがこみ上げてくるなぁ。なんて、思いながらもあたしは左之助さんに言った。

「それじゃあ、新八さんは随分とご機嫌斜めなんでしょうね」
「まぁな。つっても、アイツは拗ねてるだけだよ」
「でも、それが、新八さんらしいんですよね」
「……そう、だな…」

寂しい気持ちはある。
でも、本人が既に決めた事にあたし達が何か言う権利はない。ならば、悲しいけど、寂しいけど、見送るしかないのだ。

「………(ああ、でも)」

惜別の言葉を送ったって、文句言わないよね。

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