影と日の恋綴り | ナノ
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 正体を明かす

それはまるで、あたしがこの世界に迷い込んだばかりに出会った土方さんたちのようだった。あたしが口にした言葉を理解できず、復唱する彼ら。戸惑いと動揺がひしひしと伝わってきたけど、そんな反応は今まで何度だって見ているもの。分からないままでもいい、理解ができなくてもいい。でも、知っておいてほしいことは一つ。
あたしは、あなた方に刃を向けることはないと。

「もしかして、記憶喪失っていうのはうそだったってこと?」
「……皆さんに記憶喪失であると嘘をついていたことは謝罪いたします。素性を隠し、皆さんをだましていたことも」

つまり肯定だ。沖田さんはあたしの言葉にへぇ、と笑っている。怒っているのかどうかわからない反応だった。一方で、驚きを隠せていない平助や新八さん。あたしの素性を明かしたとしても、やはり妖という存在は信じることができないらしい。
でも、これが事実。

「……皆さんに隠していたことは謝ります。ですが、これだけは知っていてほしいです」

この世界に来てしまった目的も、戻り方もわからない。だけど、あたしの、“奴良緋真”の居場所は“ぬらりひょんの孫の世界”なのだ。いつ帰るか分からない身だとしても、仁義は通させてもらう。

「あたしは必ず自分のいるべき場所へ帰ります。ですが、あなた方に助けられた恩を仇で返すようなことは致しません。…それは、奴良組の畏の代紋に誓ってでも」
「………」

ぐっとこぶしを強く握り、頭を下げた。

「……奴良、頭を上げろ」

土方さんは重たい空気の中、あたしに言った。言われるがまま、頭を上げたあたしは皆さんを見た。困ったような、迷いのある表情ばかりだった。でも、騙していたことに対しての怒りの表情を浮かべる人はいなかった。

「各々、思うことはあるかもしれねぇ。だが、奴良はこれからも変わらず新選組預かりとして、小間使いとして扱う。……異論は許さねぇ」

土方さんはそう言って、この話は終わりだと言わんばかりにみんなに再び指示を出した。戸惑いながらもその指示に従う幹部の人たち。あたしは一人ほっと息を吐いて、千鶴を見ようとしたけど、やめた。
あの子は、あたしに怖がっちゃったから。
今日は一緒にいるべきじゃないのかもしれない。

「…………」

こっそりと、気配を消してあたしはその場を後にした。人間の姿でもぬらりくらりと姿を消すことはできたみたいで、あたしがいなくなったことには誰も気づかなかった。今はそれが一番助かることだ。縁側を通り過ぎ、広い西本願寺の奥へと歩く。普段誰も人が通らないような場所までたどり着いて、あたしは夜空を仰ぎ見た。
一度目を閉じ、心を落ち着かせる。その時、ザァと風が吹いた。その音にゆっくりと目を開けると、桜の花びらゆらりと揺れた。

≪後悔してんの?≫
「してるよ。…そう上手くいかないことだってのも、わかってるんだから」
≪ふぅん。でも、アイツらはそんなに気にするような奴等かしら≫

クスリ、と笑い、あたしの前で呑気に木に登って見下ろすのは“夜のあたし”だった。

「相手の心まで見透かすことはできないから、分からない。でも、ずっと自分たちを騙してたって考えると……」
≪自分と距離を置くかもしれないって?考えすぎだって、アンタ≫

でも、それは一理あることかもしれない。
現に、あの人は一度もあたしを見ていなかった。

≪………人間ってぇのは、面倒ね。考える時間がないと、行動できないみたいだからね≫
「え……?」
「緋真」

“夜のあたし”の言葉にどういう意味だ、と聞きたかったが、それは突然の呼びかけにできなくなった。
間違いなく、彼の声だった。
振り返るのが怖くて、前を向いたまま。聴こえているはずなのに、反応しないあたしに、彼はもう一度名前を呼んだ。徐々に近づいてくる足音。ほんの数歩で自分に手が届く、という距離くらいになって、足音はやんだ。

「見つけた。どこまで行ってんだ、探すのに苦労したぜ」

息は乱れていない。でも、片付けをした後にここへ来たとなると、それなりに距離はあったはずだ。
どうしてなの?
どうして、あなたは、あたしを見つけてくれるんですか。

「……ど、して…ここに……?」

顔を見る勇気がなくて、あたしは振り向くこともしないで背を向けたまま訪ねた。
左之助さんは、ふぅと、ひと呼吸してあたしの問いに答えてくれた。

「お前に、言いたかったことがあるんだ」

聞きたくない、と心から思ってしまった。この場所から離れたいと思ってしまった。しかし、あたしの体は鉛の様に重く感じて、動くことができなかった。まだ顔は見れない。そのまま、何でしょうか、と震える声で訊いた。あたしの声が震えていることに気づいたのか、左之助さんは、ふっと小さく笑みをこぼした。そんな気がした。

「奥沢のこと、ありがとな」

それは感謝の言葉だった。
目を見開き、耳を疑った。お礼など、あたしに言われる筋合いはあったのか、と。しかし、奥沢という言葉に、一人思い当たる人物がいて、ああ、彼の事かと頭は冷静に思い出した。

「ずっと、言いたかったんだよ。池田屋の時、あいつを助けたのは……緋真、お前なんだろう?」

確信を得たようにそう言った左之助さんの言葉。耐え切れず、条件反射のように、あたしは振り返って左之助さんを見た。
彼は、いつもと変わらない、優しいまなざしであたしを見ていた。

「奥沢が、言ってた。あの時いた女性は、自分を殺そうとしていたんじゃないってよ。……お前に助けてくれたんだって」
「……っ……」
「俺ぁ、はっきりいってまだ信じられねぇ。お前が妖怪だってことも。…でもよ、たまに普段のお前があの姿のお前と重なって見えた時があったのは確かだ。俺の見間違いだと思った」
「………」
「けど、違ったんだな。屯所で見たのも、池田屋の時に奥沢を助けてくれたのも、緋真だったんだな」
「……」
「俺は、お前を信じてぇ」

真っすぐな眼差しと合った。

「お前がたとえ人であろうと、妖怪だろうと、お前はお前だ。これでも、緋真とは長い付き合いになってんだ。……お前が新選組に仇名す奴じゃねぇってことくらい、分かってるよ」

だから、頼む。と、彼は言った。

「俺たちから距離を置くんじゃねぇ」

どうして。どうして、貴方はそんな言葉をくれるの?
あたしの存在は、貴方達からしたら異質。それこそ、鬼と名乗る風間達と同じくらい。なのに、彼はどうして、どうして。
どうして、あたしに笑顔を向けてくれるの?

「……左之助さんは」

まだ気持ちの整理が出来ていないのに、貴方だって戸惑っているはずなのに、それなのに左之助さんは、あたしが欲しい言葉をくれる。
ああ、リクオ。
自分の正体を知られても、自分を信じてくれる人っていうのは、本当に嬉しくて幸せなことなのね。

「相変わらず、お人好しですね……」

笑みを浮かたと同時に、溢れ出た涙が一筋、頬を伝った。

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