影と日の恋綴り | ナノ
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 羅刹の暴走

「うぐぅ……」
「山南さん?」

呻き声をあげたのに気付いた千鶴が声をかけた。額を抑えるように手をあてる山南さんは、ふらつく体でまるでこの場所から離れようとするかのように奥へと向かっていった。その異変に気付いたあたしが動くよりも先に、彼に近寄ってしまったのは千鶴だった。

「山南さん、あの……」
「行っちゃダメ、千鶴!」
「下がれ、千鶴!」

あたしと土方さんがそう叫ぶも、間に合わず。
彼もまた、羅刹へと豹変してしまった。

「きゃあああああっ!?」
「千鶴!」

怪我を負った右腕を掴まれてしまった千鶴。その力はあまりにも強く、千鶴は怪我の加え、その強さに、顔をゆがめた。白髪となり、血の様に紅い目をした山南さんは、うすら寒い笑みを浮かべて千鶴を離さない。

「い、痛いっ…ううっ、山南さん!?」
「血…血です。血をください、君の血を、私に……」
「い、いやぁ!は、離してくださいっ!!」

顔を青褪める千鶴がその手を振りほどこうとするが、敵うはずがない。理性を失っている山南さんは千鶴や周りの言葉に耳を傾けることもない。

「やめろ、山南さん!」
「くそっ、山南さんまで血の匂いにあてられたがったのか!」
「ったく、だから飲むなって言ったのに…!」

左之助さんや新八さんが動揺を顔に出す。あたしもあたしで、怪我もしてないのに変若水を飲んだ山南さんに怒りをあらわにした。仲間のために死ぬ命じゃなくて、仲間の命を奪うためなら、意味ないじゃない。

「取り押さえろ!多少手荒になってもかまわねぇ!」
「ちっ、しかたねぇ」
「悪く思わないでくれよ、山南さん」
「千鶴を殺らせるわけにはいかないんだよ」

再び武器に手を持った三人。あたしもあたしで、鬼哭に手をかけた。
しかし、再びやかましかった人が声を上げた。山南さんを殺すつもりでいるあたしたちに伊東さんが勝手なことは許さない、と言ってきた。あんたは巻き込まれたくなかったら下がってろ、と言いたかったが、誰かがそういう前に近藤さんがなかば無理やり室外へと出て行った。ありがたい、と感謝する左之助さん。でも、山南さんには隙がないからか、下手に動くことができない。逡巡するあたしたちだったけど、その間にも血を流し続ける千鶴を蹂躙する山南さん。

「そうです。血が欲しい。私の身体が血を欲しているのです」

指を嬲る山南さん。
瞬間、土方さん以下、幹部三人が殺気立った。それもそのはずだ。仲間である山南さんが女を襲う姿は見るに堪えない。しかも、その相手が千鶴であるならば余計に。千鶴が襲われて怒りを覚える彼らに、あたしは他人事かのようにうれしく思ってしまった。
千鶴を守ってくれるという約束をちゃんと通してくれるのだと。

「くそっ!いくぜ、新八っつぁん!左之さん!」
「おう、一度にかかるぜ」
「!」

耐え切れず号令をかけようとしたその時だった。
再び、彼の気が大きく激しく揺れた。

「待ってください!」

その異変を感じ取ったあたしは、思わず三人の前に立ってしまった。今すぐにでも斬りかからんとした三人は、寸前で止まってくれた。怪しい人間であるあたしの言葉に耳を傾けてくれた三人。新八さんがなんだってんだ、と止めてきたあたしに訊いてきた。その問いに答えようとしたが、土方さんも山南さんの異変に気付いたようで、あたしと同じように三人を止めた。

「山南さんの様子がおかしい」

刹那。

「……んぐぅああああ…、……ああああ!!」

山南さんは再び声を上げ苦しみだした。自分自身を抱えるように蹲った山南さんの姿が見る見るうちに変わり始めた。白髪から本来の髪色に変わり、狂った様子は無くなって、羅刹独特の妖紛いの気配もなくなった。
山南さんは、正気を取り戻したのだ。

「……わ、私は、いったい?」
「……山南……さん?」
「雪村……くん。わ、私はいったい何を……?」
「よかった!正気に戻ってくれたんですね!?」

山南さんが理性を取り戻したことに喜ぶ千鶴。けれど、彼らは違った。一度理性を失くしてしまった羅刹は正気には戻らなかったから、今までの羅刹を見てきた彼らからしたら山南さんのようなことは初めてだった。自分の手に血がつき、口の中に残る錆びた鉄のような味に山南さんは悟った。自分もまた、彼の様に理性を失くしてしまったことを。
どうして正気に戻ったのかは、本人も彼らもわからない。

「………(吸血衝動…、血を飲めば衝動は収まる…。ここで、彼らは新しい事実を知ってしまった……)」

動き始める時代の中に気づいてしまった事実。
最悪な展開へ進まないことを、あたしは祈るしかなかった。
喧騒が一転、静けさが訪れる。土方さんは考えるのはあとにして今はあと始末だ、とみんなに指示を出した。そんな中、あたしは怪我を負ったままの千鶴に歩み寄った。呆然としたまま隊士の死体や破れた障子、汚れた畳が片付けられていく光景を見ている千鶴。

「千鶴、大丈、」
「っ」

あたしが声をかけた瞬間、その態度は変わった。
肩を激しく揺らし、一歩後ろへ下がった彼女。その動きに、あたしは言葉を失ってしまった。千鶴と目が合った。彼女の瞳には恐怖の色が浮かんでいた。
彼女は、あたしを畏れたのではなく、恐れていたのだ。

「………」
「…ぁ……おね、さ……」

分かってた。
いつか、こんなことが起きたなら、きっとそんな目で見てくることも。
千鶴のそばにはいられない。そう分かったあたしは、途端に周りの視線が怖くなった。自分の立場を思い出し、あたしはどうなるのだろうか、と。
すこし落ち着いたころ、今まで無言を貫き通していた彼が口を開けた。

「それで、土方さん。緋真ちゃんのことは、どう説明してくれるんですか?」
「………」

始終傍観していたように見えた沖田さんが、あたしを見ながらそう土方さんに尋ねた。その口元には笑みが浮かんでいるけど、警戒心は解いていない。それどころか、若干殺気を放っているほどだった。
それは、沖田さんだけじゃなかった。
片付けをしながらも、千鶴と土方さん以外は皆、警戒心を解いていなかった。そして誰かが言うであろうその言葉を待ってましたと言わんばかりに、こちらへ視線を寄越した。殺気立った彼らの視線をこの身に受けながらも、あたしは顔色一つ変えることはしなかった。
でも、何でだろう。どうしてこんなにも、悲しいのだろうか。

「……緋真」
「わかってしますよ、土方さん。……ちゃんと、ご説明致します」

覚悟を決めろ、と言外に告げられた気がした。じっと真意を見抜こうとする彼の眼差しをちゃんと受け止めるつもりだ。
一つ、深呼吸をして、ゆっくりと目を開けた。
ちゃんと、思いを告げよう。背を魅せるのではなく、リクオのように真正面から向き合ってみよう。
それでダメなら、あたしは此処から逃げよう。
まだ、死ねないのだから。
あたしの居場所は、ここじゃないから。

「……あたしは、関東任侠妖怪総元締奴良組三代目総大将補佐、奴良緋真と申します」

さぁ、貴方たちはどう判断されますか。
あたしの存在に。あたしの異質さに。
受け入れますか?
それとも、拒みますか?

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