影と日の恋綴り | ナノ
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 迫りくる羅刹

慶応三年三月。

「……?」

伊東さんに引き抜きの誘いを受けてから、月日は進み、季節は春。
京の風物詩の一つである桜が咲き誇り、華やいだ雰囲気をあたしたちを包み込んだ。変わりつつある時代とは反対に、いつでも変わらない美しい景色にあたしは花見酒がしたいなぁ、なんて思ってしまった。
そんなある夜のこと。
いつもと変わらない時間を過ごしていたはずのあたしに、予想もしなかった事態が突然襲い掛かってきた。

「(不穏な気配……?)」

何かに混ざったそれに、あたしは目を覚ました。毎夜、千鶴の妖気が溢れ出ることはあった。でもそれは分かりやすいほど垂れ流すようなものだ。しかし、今あたしが感じているものは違う。
何かに紛れ込んだように、何かと混濁しているような妖気。
それに反応しているかのように、カタカタとなる鬼哭。

「!?」

なんで。どうして。
戸惑うあたしを余所に、それは徐々にこちらへ近付いてきていた。
早鐘が頭の中で鳴り響く。
まずい。このままだといけない。

「……千鶴。千鶴、起きなさい」
「ん…んぅ……。…緋真、ねえさま……?」
「起きて。すぐに部屋の奥へ行きなさい!」
「え……?」

寝惚けている千鶴にそう言ったのと、障子が開いたのは同時だった。
勢いよく開けられた障子。
廊下に立っていたのは、新選組隊士だった。

「!?」
「!」

完全に目を覚ました千鶴を庇うようにして、あたしは鬼哭を手にとった。
浅葱色の羽織を着ている隊士。しか二人。ということは、巡察帰りだろうか。間違えてこっちまで、という考えはすぐに消した。
だって、その身に纏う気配は人間のものではなかった。

「夜分遅くに断りもなく部屋に来るなんて、人としてどうなんですか?」
「ぉ、おね、ぇ…さま……!」
「………」
「…………」

だんまりの隊士に声をかけるが反応は無い。何かがおかしいと思った千鶴があたしを呼ぶが、何もせず後ろへ下がって欲しい。いつでも抜刀できるように構えるあたしに、あたし達に近付いてくる隊士二人。
覚悟は出来ていた。

「……下がってて、千鶴」
「血……血を…」
「血を…寄越せェェ!!」

その言葉を聞いて千鶴もようやく悟った。
この者達がただの隊士ではなく、羅刹となった隊士であることを。

「血を寄越せェェェ!!」
「千鶴、下がりなさい!!」
「緋真姉様!」

自分も刀を抜き、攻撃してきた隊士の一人と鍔迫り合いとなった。
暗闇でもその姿は確認できた。
狂気に冒された表情。
暗闇の中でも光り輝く赤い瞳。
真っ白な頭髪。
間違いなく、こいつらは人間を辞めた生き物だった。

「くっ……(何で羅刹が!?山南さんってば、監督不届じゃない…!)」

応戦するけれど、羅刹となった者は筋力が増強する。若干押され気味になり、奥歯を噛み締めて手に力をくわえる。今まで、自分よりも大きな妖と戦ったりしたがそれはあくまで夜の姿での話。今ここには、自分一人じゃない。守るべき存在の千鶴がいる。ずっと今までひた隠しにしてきたことを晒すわけにはいかない。
彼女の目の前で夜の姿になるわけにはいかない。

「おねぇさま…!」

不安を含んだ声で呼ばれる。
大丈夫だ、と返事をしたい。でも、そんな余裕は生まれなかった。
どうする。どうすればいい。
この騒ぎだ。流石に土方さんたちも来るはず。早く来て。早くして…!
しかし、あたしの願いは叶わなかった。

「ひひひひ…!血を、寄越せぇ!」

もう一人の羅刹があたしの横を通り過ぎ、千鶴に向かった刀を振るった。

「!?しま、」
「きゃああ!!」
「千鶴!」

目の前に滴り落ちる鮮血。
パタパタ、と畳を汚した紅いそれ。

「………」

ドクン、と心臓が大きく脈打った。
何してんのよ、あたし。
何やってんのよ、あたしは。
守らないといけない娘に怪我させてんじゃないよ。

≪交代だ。アナタの手には負えないわ≫

抑えきれない怒りが、殺意が爆発した。

「その娘に、手ェ出してんじゃねぇ!」

体から溢れ出た思いに反応し、血が滾り、姿を変える。

「(さ、くら……)」

千鶴の視界に桜の花びらが舞う。
その花びらの奥に立つあたしと目が合った。
ごめんね。
声には出さないで、彼女に謝る。
ああ、駄目だ。
約束、破っちゃった。
でも、守らなければならないならそんな事は言っていられない。

「アンタらの相手は、あたしだよ」

千鶴に向かって大きく刀を振り上げた羅刹。
あたしに向かって刀を突き刺そうとした羅刹。
その二人に向けてそう言った。
刹那。

「ぐぁっ!」
「ぎゃ」

野太い声が短く上がった。ビチャ、と頬にかかった生温い液体。
錆びた鉄のような、でも嗅ぎ慣れた臭い。
事切れたそれ。ピクピクと痙攣をおこした後、パタリと動かなくなった。
それは、一瞬の出来事。

「…………」

べっとりと刀身についた血と脂を払い落とす。弧を描かれ畳に散るそれを横目に、あたしは息絶えた羅刹を見下ろした。

「(どうして勝手にうろついてるのよ)」

無言のまま羅刹を見ても意味はない。
しかし、これは由々しき事態。
最悪、彼らの存在が露見してしまうのだから。

「……お、ねえ……さま……」
「…………」

戸惑いながらにあたしの名前を呼んだ千鶴に目を向けたのと。

「千鶴!」
「!」

バタバタと足音を立ててこちらへやって来る彼らがあたしの姿を視界に入れたのは、ほぼ、同時だった。

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