▼ 大事な弟
資料を取りに行くのは良いけど、だんだんと眉間に皺が寄ってしまう。
その理由は、
「…最近、浮幽霊が多すぎる」
周りを見れば生徒がいるけど、その倍以上いるのが不幽霊。
おいおい、こんなにいてなんで気分が悪くなったりとかしないの?見えるから最期の姿をした霊がいるだけでこっちは吐き気をするっていうのにさ。
小さくため息を零して、ぼやく。
「あー、もうー…。今度こっそり清め塩でもしておこうかしら…」
人気がいなくなったのを確認して、あたしは傍にいた女の子の霊をヒーリングで成仏させる。
どうやらこの少女は、この学校に未練があったみたいだ…。けど、ずっと此処に居ては危ないのは彼女。
「…おいき、あなたは此処にいるべき存在ではないわ」
女の子の霊に言えば、女の子はにこりと笑ってそのままスゥッと消えていった。成仏したのだった。
「…一人成仏するだけで体力使うって、どういうものだか」
まわりにはあたしに成仏してくれと懇願する霊もいれば、あたしの霊力を狙ってくる霊もいる。そろそろ本格的に修行しないとなぁ…。
「っと、まずはあのクソ先生の用事を済ませてからだよね」
たしか此処の角を曲がったところ…と曲がった矢先だった。
ドンッ
「きゃっ!」
「わっ!」
誰かとぶつかってしまった。そしてそのまま尻餅をつく。かなり、痛いな…っと、いかんいかん!あたしなにぼぅっとしてんだよ!さっさとぶつかった子を立たせないと…!
「あ、あの、大丈夫ですか…?」
「う、うん…。そっちこそ大丈夫…?」
「はい、大丈夫でしたよ。こちらの不注意だったから…」
そこで、動きを止めてしまった。
なん、で…
「僕のほうこそ、考え事をしてたから…」
だれ…?
「と、とにかく…立てれますか…?」
「え、あ…ありがとう!」
あたしの前にいるのは、だれ?
「委員長?大丈夫?」
そう言って太陽のような笑みを零す彼。曇りのない、あの輝かしい、変わらない笑み。
「大丈夫よ、ごめんなさい」
関われば、あたしが惨めな思いになるというのに。
「委員長、怪我してない?」
「…はい。それにしても、どうして委員長と…?」
あなたとあたしはクラスが違うというのに…、と遠まわしに言えば、彼は慌てて弁解してきた。怒るなんてこと、しないのに。
「ふふ、怒りませんよ。それに、委員長と呼ばれるのにはなれましたから」
「そ、そっか…。あ、僕は…」
「リクオ」
「ぇ…」
「奴良、リクオ…でしょ?」
廊下のはずなのに、何処からもなく風が吹く。その風は、あたしと彼――リクオの間を通り抜けて吹いた。
「よく聞きますよ。…心の優しい子だって、ね」
「うぇ?!え、あ、いや…そ、そんな…こと…」
顔を赤くして否定するリクオ。そんなところも、何一つ変わっていないことに嬉しさが込み上げる。
「いやな顔もせず、仕事を引き受けてくれる子ってよくあたしのクラスでも聞くよ」
「そ、そうなんだ…」
「でも」
スゥ、と…あたしはリクオの頬に手を添える。あたしの行動に、リクオは目を丸くする。
「なんでもかんでも引き受けるのは、駄目よ」
「…ど、して…」
「奴良くんにまかせっきりになって、その人達が堕落してしまうのもよくないもの」
それにリクオは良い事をしていると思っていても、鴉天狗はきっとその光景を“パシり”されていると勘違いするから。
じっさいあたしもそう思ってたんだから。←
「それじゃあ、またね奴良くん」
「え、あ…うん…またね…」
あたしの行動に丸くしているリクオは、呆然としたままあたしに手を振ってくれた。まだ動揺が、驚きが残っているような感じ…。ちょっと、関わりすぎたのかもしれない。
そう思ってしまう、けど…
「………」
チラリ、と背後を見る。そこにはまだリクオが呆然と突っ立っていて、動こうともしていないみたい。それすら、愛おしいと思ってしまう。
だって、弟なんだから。
「…けど、最後のはやり過ぎ…かな?」
だって仕方がないじゃん。
握っていた手を、さらに強くした。瞬間、何かがはじけ飛んであたしの手の中が軽くなった。
弟を守りたいって、昔言ったよね?
今のだってそう。
「あの子を取り入れようなんてしたら、ただじゃおかないわよ」
悪霊がそこにいたんだから。
「だからあたしは彼を守った」
理由以外になにも存在しない。でも…
「…まだ、突っ立ってる…」
流石に、かかわりすぎるのもよくないらしい。
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