影と日の恋綴り | ナノ
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 揺れ動く感情

羞恥に耐えられなくなったのか、千鶴は逃げるように隣の部屋へ行ってしまった。初々しいなぁ、と思ってしまうのは何故だろうか。くすり、と笑って自分の席だった場所へ座る。隣にいる平助は、見間違えるほど変化したあたしにどぎまぎしているのか、徳利を持つ手が震えていた。
こっちもこっちで、可愛らしいなぁ。

「平助はん、わっちがお注ぎしましょうかぇ?」
「うぇ!?」
「ぶはッ!平助の奴、緊張してやがる!」
「う、うううっせぇ!」
「そして狼狽えてる」

平助の目から逸らさずに言ったけど、耐え切れなかった平助が思い切り視線を外した。酒はいいのか、と思っているあたしとは違い、あまりの平助の動揺っぷりに耐えられなかったのか新八さんや沖田さんは平助を見て大笑いしていた。

「だ、だってよ…!こんな姿の緋真、い、いつもと違うように見えるっての!」
「嬉しいなぁ。中身は変わらないっていうのに」

くすくすと上品に笑って見せれば、平助は「分かってるっての」と不貞腐れた表情を見せてきた。結局あたしに杯を渡すから、お酌して欲しい気持ちは変わらないようだ。はいはい、と言われるままにお酌していると、何を思ったのか沖田さんがあたしを見て言った。

「緋真ちゃんは、そういうの着てるとまた違うね。千鶴ちゃんは初々しさがあるけど、緋真ちゃんは妖艶で魅了されちゃうなぁ」
「あらまぁ。…ありがとうございます。こんな豪華な着物、着たことなかったから、今日は素敵な体験をさせちゃっていただいてます」

君菊さんに対してお礼の意を込めて頭を下げると、君菊さんはゆるりと笑って「楽しませてもらいましたぇ」と言ってくれた。あたしもなんだかんだ言って楽しかった。毛倡妓が元花魁で、綺麗な女性だから少し憧れてたから本当に今日は一つ夢が叶えたようなものだ。千鶴同様に褒めてもらえて、嬉しさと恥ずかしさがありながらも皆さんと話をする。
けれど、一人。

「………」

あの人だけは、あたしのことを何も言ってくれない。

「あれぇ、左之さん。さっきからだんまりだけど、もしかして見惚れてる?」

いち早く気付いた沖田さんが彼にそう訊いた。ビクリ、とあたしの肩が揺れたのは誰も気付かなかった。一方、沖田さんに名指しされた本人は「ん?あ、あぁ…」とぼーっとした様子だった。
あたしに対して、興味が無かったのだろうか。
さっき千鶴を褒めた時とは大違いの反応に、あたしは誰にも見えないようにぐっと拳を握った。おかしいな。他の人に褒められた時は何も思わなかったのに、あの人だけはこんなにも胸が締め付けるように痛い。
左之助さんと、目が合った。

「馬鹿言え」

否定の言葉。

「見惚れるなんてもんじゃねぇよ。大金落として、俺のモンにしてぇくらいだよ」

爆弾を放つような言葉に耳を疑った。
動きを止めたあたしだけじゃなかった。平助や新八は左之助さんを凝視してたし、沖田さんはこと面白げに笑みを浮かべ、斎藤さんは黙々と酒を飲んでいた。いや、斎藤さんは少しは反応してください。
一瞬で室内を静かにした左之助さんの発言。唖然としたまま見つめるあたしを、左之助さんは普段とは違う感情を含んだ眼差しで見てくる。

「すっげぇ似合ってるぜ、緋真」

刹那。

「っ……っ〜〜!」

ぶわっと全身が熱くなった。
なに、これ。
知らない。
こんな感情、知らない。

「よ、夜風に当たってきます!」

まるで千鶴のようだ。
居た堪れなくなってしまったあたしは、立ち上がって廊下へ逃げるように去って行った。左之さん相変わらずのたらしだな!と揶揄うように言う平助の言葉を矢切に新八さんや沖田さんが左之助さんに何かを言う声が襖越しに聞こえてきた。けれど、もう一度部屋に入ろうとは思わなかった。入ったら最後、あたしを揶揄おうとするはずだから。
ドクドクと今までにないほど早く脈打つ心臓に静まれ、静まれと言いかける。けれど、あたしの思いとは裏腹に正常に戻ってくれない心拍数。

「(本気なのかどうか分からないけど、変な期待をさせないで欲しいっての……!)」

誰かに言うわけもなく、あたしは心の中で悪態をついた。

「………変な、期待…」

そんな言葉が出てしまい、あたしの中で変化が生まれていることが分かった。
まだ、気付きたくない。
まだ、知りたくない。
その気持ちを認めてしまえば、あたしは、あたしの勝手な我が儘で自分自身を苦しんでしまう。

「(帰りたい。あたしは、リクオの、奴良組の、みんなのところに帰りたいの……!)」

ぎゅっと、胸の前で手を強く握りしめてあたしは目を閉じた。



とある屋敷にて。

「風間たちが、京に戻ってきた!?」

そう娘に告げる、妖艶な忍装束を纏った女性は声を出さずコクリと一つ頷くだけ。
戦慄する空気が流れる中、くノ一が仕えているであろう娘が真っ直ぐな眼差しで、何かに対して意を決するように口を開いた。

「いよいよ、嵐になりそうね……」

それは、不穏な雲行きの現れ。

「それと」
「まだ何か?」
「あの少女のもとに、別の女性の姿がありました」
「どんな方だったの?」

くノ一はきゅっと唇を真一文字にし、そしてゆっくりとその問いに答えた。

「その者と目を合わせた瞬間、畏れてしまいました」
「!貴女を…!?」
「見た目は何処にでもいるような女性です。けれど、彼女は我々とは違う別の存在。……彼女と、あの少女を一緒に居させてはいけない。そんな気持ちにさせるほど、あの女性は…妖しく、人を鬼を畏れさせる存在です」

若干体を震わせそう報告するくノ一に、娘は固唾を呑んだ。
嵐、ではない。

「…もはや、天災が迫りかかってるわね……!」

そう思わされるほどの災厄が訪れているのだと、彼女は感じてしまった。

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