影と日の恋綴り | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 千鶴と似た存在

お酒を飲んで、美味しい食事をとりながら、徐々に落ち着いてきた頃。平助で揶揄ったり、此処でもおかず争奪戦をして笑う新八さんが、ふと思い出したように口を開けた。

「にしても、立て札を守っただけでこんだけ報奨金が出るんなら、全員捕まえてたらどれだけの大金が貰えてたんだろうな」
「ホント、ホント」

新八さんの言葉に頷く平助。かなり酔っている様子、と思いながらその様子を見ていると、新八さんは真顔で左之助さんを見た。

「なあ左之、どうして逃がしちまったんだ?相手が八人くらいなら、なんとか出来ねぇ数じゃなかったろ」
「あっ、オレもそれが不思議だったんだ!一旦、捕まえた奴も居たらしいじゃん?」
「……」

二人に問われた左之助さんを見れば、彼は楽し気だった様子を一変、険しい表情となって黙り込んだ。
何かあったのかなんて、すぐ分かった。
そしてしばらく考え込んだ後、左之助さんは千鶴へと視線を向けた。その目は、ここ数日よく見るものだった。

「千鶴、おまえあの晩、どこかに出掛けなかったか?」
「え……?いえ」
「本当だな?」

突然問いかけられたが、千鶴は首を横に振った。しかし、左之助さんは再確認してきて千鶴は「夜はいつも屯所にいます、けど」と戸惑いながら答えた。疑い深い様子の左之助さんにあたしも横から入って「千鶴は昨日一度も屯所から出てませんよ」と左之助さんに答えた。いつもと変わらず夜の姿になって月見をしていたのだから間違いない。
左之助さんは難しい表情のまま沈黙していた。
千鶴に何故そんなことを聞くのか分からずあたしは思わず左之助さんの名を呼ぶ。新八さんも重ねて問うと、ようやく顔を上げて千鶴だけを見てあたし達に教えてくれた。

「いや、実は……。土佐藩士を取り囲んだ時、千鶴によく似た女に邪魔されたんだ。それで、こっちの包囲網が崩れちまってな」
「そんな」
「………」

千鶴によく似た女?
どういう事だ、と詳しく聞こうとしたが、沖田さんは何か思い当たる事があるようで、そのことを言葉にした。

「ねえ、それってさ。前に平助くんと巡察の時に会った子かもしれないよね。確か、南雲薫って言ったっけ。あの子、本当に君に似てたよね」
「…………」

そういえば前に千鶴から教えてもらった。町中で自分と瓜二つの娘と会ったというのを。その時は偶然が重なったのだろう、と思っていたけれどどうやらそうじゃないようだ。
皆の雰囲気が変わっていくと同時に、君菊さんもじっと千鶴を見つめていた。
視線を注がれている中、千鶴は例の娘を思い出そうとしているができないようで、沖田さんの言葉には同意できかねないみたい。平助はそうでもない、と言ってるけどその理由が「向こうは娘姿だったし」というのが呆れてしまった。
平助、女を見る目がないわね。

「……あー、平助に女を見る目が無いってことはよく分かったぜ。な、緋真」
「そうみたいですねぇ」

左之助さんの言葉にしれっと同意してしまったあたしは悪くない。なんで、と声を上げる平助を無視して、あたしはその娘のことを考える。沖田さんは見る目があるし、きっと只者じゃないことを分かっているのだろう。それに、君菊さんの様子からして何か知っている様子。その南雲薫という娘、一目でも見れたらあたしも警戒しておこう。
一人そんなことを思っていると、斎藤さんが思いついたようにお酒を片手に言った。

「ならば、女物の着物を着せてみれば良いのではないか?」

一瞬無言となり、そして皆が千鶴を見た。何を言われたのか分かったなかったけど、徐々に理解した千鶴は素っ頓狂な声を上げてあたし達を見た。けれど、彼女の味方をする者は誰もいなかった。むしろ、斎藤さんの言葉に賛成の様子だった。

「千鶴に!?」
「おう、そうだな!そりゃ名案だ!ちょいと君菊さんよ、悪いがこの子に女物の着物とか着せてやってくれないか?」
「えー!?」

思いもよらない展開に千鶴は大きな声を上げた。すかさず土方さんが止めようとするが、それを阻む者が。

「よろしおす。万事心得てますぇ」

君菊さんは面白そうな展開に笑みを浮かべ、千鶴を別室へと案内される。なんで、と全くもって理解できていない様子の千鶴が可愛くて、ついあたしも言ってしまった。

「あたしも見たいな、千鶴の着物姿」
「お、お姉様!?」
「あ、そうだ。じゃあついでに君も着てみれば?」
「……え?」

いったい何を言っているんだ、とお猪口を持つ手が止まった。



(原田side)

君菊さんに連れて行かれた緋真と千鶴が居なくなってから暫くして。

「皆はん、お待っとさんどす」

廊下から聞こえた君菊さんの声に、俺たちは箸や酒を止めて襖へと目を向けた。
どうやらお着替えが終わったみてぇだ。
どんな風に化けたのか、と楽しみになりながらも待っていると、静かに開いた襖から現れたのは…。

「……」

何とも可憐な姿に変わった千鶴だった。君菊さんみてぇな妖艶じゃなく、まだ初々しさの残る可愛さだった。平助はお猪口から酒を溢し、新八は箸で掴んでいた飯を落とす始末。そういう俺もあまりの美しさに見惚れちまうほどだった。

「な、なぁ。千鶴……なのか?」
「う、うん……」
「へぇ、化けるもんだね。一瞬誰だか分からなかったよ」

皆の視線が集まり、居たたまれねぇ様子の千鶴は恥ずかしそうに俯いた。まじまじと見ていると、ふと一が俺に「どうなんだ、左之?」と聞いてきた。昨晩の女と似ているのかと聞きたいみてぇだが、残念だ。

「どうかな。あんまり千鶴が綺麗過ぎて、わかんねぇよ」

じっと千鶴を見て言ってしまうと、千鶴の頬は一気に赤くなった可愛らしいお嬢さんだなあ、まったく。と思いながらも、もう一人の大事な彼女はいつ出るのかと待ち構える。
もう一つの楽しみに期待していると、君菊さんが廊下へ戻って行った。

「ほら、ぬしも早く入るでありんす」
「……千鶴があんなに可愛いと、あたしとか霞むんじゃないの?」

そんな言葉を口にしながら、座敷へ入ってきたのは……。

「…………」

ぞくり、と背筋が凍りつくするほど艶めかしい女だった。
あれが、本当に緋真なのか?
俺はいままやかしでも見てるんじゃねぇのかと思ってしまうほどの美しさ。
だが、その妖艶な姿は何処かで見たことのあるもの。
あの日、池田屋で会ったあの女と。

「……こういうの、得意わけじゃないのに…」

緋真が、重なって見えた。

prev / next