影と日の恋綴り | ナノ
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 島原・角屋

京の花街で有名な島原。軒を連ねるたくさんのお店に、どこからか流れる心地良い三味線の音に浮き立ってしまいそうになった。

「いや〜!左之、お前は本当によくやった!まさか、『報奨金でみんなに御馳走したい』と言ってくれるとはな!」
「新八さん、褒めるのはそこじゃなくて、制札を守りきったって所じゃないかなぁ」
「いや、そこはもちろん褒めるけどな」

上機嫌で言う新八さんに沖田さんが笑って言うけれど、結局はタダ酒できることで頭がいっぱいな様子だった。
先月の制札警護の際、左之助さんは報奨金を会津藩から賜ったばかりで、そのお金を左之助さんは皆で一緒に食べに行こうといってくれたのだ。
お目当ての角屋というお店に足を止める。

「さ、今夜は左之の奢りだ!目一杯飲んで、日頃の憂さを晴らしてくれ!」
「てめぇ、人の金だと思って……」
「左之さんありがとよ!今日は勘定を気にせず、好きなだけ飲ませてもらうからさ!」
「みんながみんな、お酒が飲める訳じゃないんだけどな」
「そう言わねぇで、せっかく来たんだからうまい物たんと食っとけ」
「……まぁそうですね。どうせ払いは左之さん持ちなんだし」

そう言いながら新八さんを先頭に入って行く幹部の皆さん。山南さんがいないのは、少し寂しいけれど仕方のないことだ。それよりも、女であるあたしや千鶴は花街とは縁のない場所であるから気後れしてしまっていた。誘われるがままついてきたあたし達、屯所の立場では小姓や小間使い。端くれの者がいていいはずがないのだけれど、彼らはさほど気にしていないようだった。

「ここまで来て遠慮することはない」
「あ…はい」
「…そうですね。此処で帰ったら、後で何を言われるのやら」

そう言って、あたし達も堂々とした振る舞いはできずおずおずといった様子で暖簾をくぐった。
花街といえば、あたしの中で思い浮かぶのは毛倡妓だった。生前は花魁として生きていた彼女。今もその煌びやかさや妖艶さは、女であるあたしが見ても見惚れてしまうものだ。
早く自分のものにしちゃいなよ、首無。
今はいない父の右腕にそんな事を思いながら、あたしは千鶴の正面に座った。
と、その時、ふすまが静かに開いた。そして、姿を現したのはとても綺麗な花魁さんだった。

「皆はん、おばんどすえ。ようおいでになられました」

豪華な着物を着た花魁さんが、艶のある笑みを浮かべながら挨拶をされた。

「………」

その彼女の纏う空気に、あたしは楽しもうとした気持ちが一瞬で冷めたのだった。
彼女が、只者でないと気付いてしまったから。



(千鶴side)

白く透き通った肌にうっすら差した紅、そして柔らかそうな唇に、絹糸みたいな艶やかな黒髪。つい女同士だということを忘れて見とれてしまうほど綺麗だった。花魁さんは目を細め、かぐわしい花そのもののような妖艶な笑みを浮かべる。

「旦さんたちのお相手をさせていただきます、君菊どす。どうぞ楽しんでおくんなまし。料理も、すぐ参りますえ」

ゆるりと笑う君菊さんに見とれていた私だったけど、その視線がこちらに向けられ思わず会釈をしたのだった。
なんだか恥ずかしいな…。
それから程なくして、料理が運び込まれ宴会が始まった。

「やっぱ、高い酒は違うなぁ!喉がきゅーっとするよ、きゅーっと!」
「平助おまえ、さっきから飯も食わずに飲んでばっかじゃねぇか。空きっ腹で飲むと、酔いが回るの早ぇぞ」
「良いじゃんか、今日は!」
「千鶴ちゃん、お前は飲んでねえな。酔っ払えねぇぞ」
「あっ、私、お酒は飲めないので……」
「じゃ、料理をたらふく食っとけよ」
「はい」

新八さんにそう言われて、私は豪華な料理に箸を伸ばす。でも、こういう場は慣れないから緊張してしまって、しかも高い食材ばかり使った料理を食べるのは初めてだ。正直に言っちゃうと、味が分からない。
お姉様もちゃんと食べていらっしゃるのだろうか、と前を見てみれば……。

「……お姉様、お酒飲まれるのですね」
「ふふっ、意外だったかしら?」

周りにはすでに空になっているであろう徳利が。苦笑を浮かべる私に緋真姉さまは全く酔ってない様子でくぃっとお猪口を仰った。その様子に左之さんが「いい飲みっぷりじゃねえか」と笑った。緋真姉さまはお猪口片手に笑顔を浮かべた。
皆が楽しそうで、固くなっている私を気に掛けてくれて、皆の仲間に入れてもらえたようで嬉しかった。
上座にいる土方さんは君菊さんのお酌でお酒を飲まれていた。君菊さんは楽しそうに土方さんに話しかけた。

「新選組の土方はんって、鬼のような方と思うてましたけど、なんや、役者みたいなええ男どすなぁ」
「……よく言われる」

真顔で、土方さんはそう答えた。瞬間、新八さんと平助くんが口の中の酒をプーっと噴き出した。どうやら土方さんはお酒に弱いらしくもう酔っているという。普段なら怒るはずなのに、土方さんはそんな素振りすらなかった。
そっと土方さんと君菊さんの様子を伺った。

「(美男美女って、ああいうのを言うのかな……。まるで、錦絵から抜け出て来たみたい)」

同じ女の私ですら見惚れてしまう綺麗な君菊さん。そっと視線を戻し、ふと前を見れば、緋真姉さまの姿が。

「緋真、かなり酒を飲んでいるが平気なのか……?」
「大丈夫ですよ。あたし、酒に呑まれたことは無いんですよ(弟は違って)」

顔色を全く変えないで飲み続ける緋真姉さまに、斎藤さんは若干引いているように見えた。ここの空気に慣れたのか、緋真姉さまは体勢を崩して、気ままにされていた。
その姿が女性の色気を漂わせていた。

「(お姉様も、君菊さんに負けないくらいの美しさがあるな……。凛としてて、私にはもっていないもの……)」

なんだか同じ女として私って…。

「あ、あはは……」

すっかり自信を無くした私は、苦笑を浮かべるしかなかった。

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