影と日の恋綴り | ナノ
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 隊をまとめる者として

「お姉様、おはようございます!」
「あら千鶴、お早う」

昨日の出来事だった。巡察から帰ってすぐ勝手場へ来た左之助さんに、千鶴を貸してくれと言われた。唐突な事だったけれど、千鶴に頼むことは特に無いために了承した。二人で何処か出掛けるのだろうか、なんだか珍しい…なんて思いながら、あたしは夕餉の支度を再開した。
その夜、千鶴からお千と名乗る娘とお茶を一緒にしたと聞いて、左之助さんがしたかったことがなんとなーく分かったのだった。
相変わらずお優しい御方なことで。
でも、左之助さんが千鶴を元気づけてくれた事もあって、千鶴は風間千景に言われた言葉に意気消沈することはなかった。綱道さんを心配することは分かるけど、新選組の皆さんが情報を集めてくれているから信じよう。

「……」

けれど、風間の言葉に少なからず動揺しているのはあたしも同じだった。

「人間に気付かれてはいないようだが、俺には分かる。いつまでその身を隠しているのか見物だな」

やはり鬼にはあたしの正体が分かっているようだ。二條城で、畏を放ったりしたから仕方のない事かもしれないが、それでも気付かれ警戒され、挙句の果てにはああいわれて鼻で笑われたのだ。
あの場にいた千鶴はもちろんの事、他の皆があたしの存在をどう思うかが気になって仕方がなかった。

「千鶴、先に行っててくれるかしら。御膳はもう持って行ってるから、ご飯の桶と器をお願い」
「はい!」

元気な返事をしてくれた千鶴は、素直に居間の方へ向かってくれた。千鶴の気配が無くなって、あたしは思わずため息を溢した。

「……大丈夫」

まだ、自分の正体は気付かれていない。
そう自分に言い聞かせて、あたしは釜戸の火を消して居間へと向かった。

「遅くなりまし、……あれ?千鶴は?」
「ああ、平助を起こしに行ってくれてるよ」
「え、平助ったらまだ寝ているんですか?」
「ははっ、言うねぇ緋真ちゃん。アイツお寝坊さんだから仕方ねーけどな!」

先に向かわせたはずの千鶴がいないことに井上さんが教えてくれたんだけど、まだ起きていないなんてどういう事だ平助は。やれやれ困った子、と思いながら、先に朝食を頂くことにしたのだった。



「…また帰ってこなかった」
「お姉様……」

最近、夕餉の時間になっても左之助さん達三人の姿が見ない事が増えた。局中法度の一つである、門限は宵の五つ。その刻を過ぎても帰ってこないというのに、士道不覚悟で切腹だなんだと、土方さんが言っていた気がする。幹部三人が一度に失う、なんて事は流石に土方さんもしないとは思うが、せっかく作った夕餉を捨ててしまうことになってしまうため、一度は反省してもらいたいものだ。

「明日の朝ご飯、米一粒にしてあげようかしら」
「お姉様、それは流石に……」

苦笑を浮かべる千鶴にそう言われるけれど、怒ってしまうのは仕方のない事だ。抑えきれないこの苛立ちをどうにかしないと、と一つ大きなため息を溢した後、勿体ないと思いながら、夕餉だったものを処分した。それから粗方片付けを済ませて、勝手場を出たその時だった。

「巡察でもねぇのに、随分帰りが遅ぇんだな。門限破りは切腹だと、前々からきつく言っているはずだが」

きつい口調の土方さんの声が聞こえた。
あたしと千鶴は歩くのを止めて、声がした方へ極力足音を立てずに、門前へと向かった。その先にいたのは、土方さんと、夕餉の時に居なかった左之助さん達。

「無理矢理誘ったのは俺だ。こいつらにゃなんの責任もねえよ。腹切れっつうんなら、そうするさ」

反省した色を見せず、憤った様子の新八さん。
二人の会話から、なんとなく新八さんが反抗的な態度を見せている理由が分かってしまった。最近、隊の規律が厳しいというのを聞いていた。さらに、土方さんが幹部に対して口出しをする場面をよく見るようになった。巡察以外に出掛ける彼らに何処へ行く、と尋ねる姿を見たこともある。それに対して、不平不満が溜まった新八さんがとうとう行動に移したのだろう。
ちらり、と千鶴と二人で彼らを盗み見してみれば、提灯の灯りだけではないほど、三人の頬が赤く染まっているのが分かった。かなり呑んで来たようだけど、理性は残っているようだった。

「新八、それを決めるのはお前じゃねえ。誘ったのは誰だろうが、隊規を破ったことに変わりはねえだろ?」
「待ってくれよ、土方さん」
「オレ達も悪かったんだよ。もっと早く帰ろうって言えば…」
「てめぇらは部屋に戻ってろ。沙汰は折って下す」

左之助さんと平助くんが弁明まがいな言葉を口にしたが、その言葉を遮って土方さんはぴしゃりと言い放った。そのまま新八さんは土方さんの後をついて、広間へと歩いて行ったのだった。

「お、お姉様……」
「……」

本当に、彼を切腹させるのだろうか。
土方さんの考えが読めないけれど、彼はそこまで鬼となっただろうか。ううん、なれない人だ。そして、最近真選組は隊士が増えてきている。
もしかして、彼は……。

「行くぞ。千鶴、緋真、お前らも来い」

平助の腕を掴み、隠れていたあたし達に声を掛けた左之助さん。千鶴は咄嗟の事もあって、慌てて返事をして左之助さんの後を追った。

「千鶴、先に行ってなさい」
「え、え!?お姉様…!?」
「いいから」

千鶴にそう言って、左之助さん達が向かった方向とは違う方へあたしは歩いた。
あたしが向かった先は、先ほどまでいた勝手場。手際よく準備をしつつ、あたしはやれやれと言った風に肩を降ろしたのだ。
本当に、あの人は不器用なんだから。
土方さんはきっと、最近新選組に入ってきた隊士の事を気にしていたのだろう。新八さんから見れば、新入りを優遇して古株である自分達に厳しいと思っているはずだ。けれど、土方さんからしたら、古株に甘くしていると色々と不満を言いたがる人間がいるため、優しくできないのだ。
隊の事を考える者としては、こういうのは難しいと思ってしまうのだろう。

「よし、これでいいかな」

準備で来たそれを持って、あたしは彼らが未だ話し合いをしているであろう広間へと向かった。様子を伺おうと思ったけど、さっきの張り詰めていた空気が無くなっていることに気付いて、薄暗い灯りが点いている部屋の外から、あたしは声を掛けた。

「どうやら、お互いに納得したようですね」
「!?」
「…奴良、お前…」
「もう少しお話が長くなるかと思ったので、お茶を淹れたのですが…お話は終わったみたいですね」

そう言って、お盆に乗せた湯呑みを置いたあたしに目を点にされる土方さんと新八さん。まさかあたしが来るとは思わなかっただろう。何か言いたげな土方さんだったけど、それから言葉は見つからないようだった。クスリ、と笑って、二人から顔を逸らして、襖越しに声を掛けた。

「ほら、千鶴達もいらっしゃいな。もうお話は終わったようですよ」

そういうや否や、スパンと開かれた襖。開けたのは左之助さんのようだった。

「…てめぇら、戻ってろって言っただろうが」
「いや、その……」
「気になっちまったんだから、しょうがねぇだろ?」

深く刻まれた皺。一睨みを効かされて、普段ならたじろぐ左之助さんと平助だったけど、きっと二人の話を聞いていたのだからあまり怖いと思っていない様子だった。

「はい、どうぞ。お茶、せっかくだから頂いてくださいな」

人数分持ってきてよかった。と笑って言えば、新八さんや土方さんは「分かってたのか」と聞かれた。それに一つ頷いて「気にならないはずがないでしょうに」と一蹴してやった。

「あと、あたしからも言いたい事があって」
「なんだ?」
「……あ」

門限破りの三人に、ニッコリと目が笑っていないまま言った。

「明日からしばらく食事、覚悟しておいてください」

彼らの背後に稲妻が走ったのが見えた。

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