影と日の恋綴り | ナノ
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 女の子同士のお話

(千鶴side)

慶応元年の夏。
何度目かの蒸し暑さが始まった京。京のとある一角である西本願寺の片隅で私は小さくため息を溢した。
思い出すのは、風間さんのあの言葉。

「千鶴、綱道はこちら側にいる。意味はわかるな?」

もし本当に、父様が“攘夷派”の人達と一緒にいるのなら、新選組の敵になったということ。
新選組の人達から姿を消したはずの父様が、何故…?
そんな疑問がずっと延々と浮かんできて、仕事中も上の空になってしまう。緋真姉様も、新選組の皆さんもきっと私の様子に気付いている。父様捜しに力をお借りしてもらっているのに、肝心の私は風間さんの言葉に惑わされてしまう。
またため息が溢しそうになった時、複数の足音が聞こえてきた。ハッとして顔を上げてみれば、原田さんの組、十番組が巡察から帰ってこられた。

「おかえりなさい」

門前で掃除をしていた私はぎこちない笑みを浮かべながらもお出迎えした。
真夏に浅葱色の羽織を着て巡察に出掛ける皆さんは大変なはず。日々勤めを果たされている皆さんは、本当に素敵な人たちだと、改めて思ってしまった。組の人達を解散させて、原田さんが私の前で足を止めた。

「千鶴。お前、お千って知ってるだろ」
「え?ああ、はい……」

お千といわれて思い浮かべるのは、以前斎藤さんと一緒に巡察に出掛けた時知り合った女の子。綺麗な人で、とても優しくて素敵な方。
どうしてその人の名前を、と顔にかいてあったのか、原田さんはうっすらと笑みを浮かべて私に言った。

「お前に、話してぇことがあるんだと」

ちょっと待ってろ、と呆然とする私を置いて原田さんは屯所へ入って行った。
お千ちゃんが、私に話したいことがある。
一体何の用事なのかな、と思いながらもとりあえず掃除している落ち葉だけは片付けておく。そこまで経たないうちに、原田さんは普段の恰好で私の元へ戻って来られた。

「よし、行くぞ」
「え、は、はい!」

詳しくは教えてもらえなかったけど、この流れからして今からお千ちゃんに会いに行くみたいだった。
京中のとあるお団子屋さんのすぐそばで、原田さんは足を止めた。そしてくるり、と私を見て目尻を下げて笑った。

「あの茶屋に、お千って娘が待ってるぜ」
「は、はい……」
「色々、話してこいよ」

ぽん、と私の背中を押して見送った原田さん。どうしたらいいのか分からなかったけど、とりあえず素直に従うことにした。お茶屋の前にある長椅子に、お千ちゃんは座って待っていた。

「千鶴ちゃん、こっちよ!」
「お千ちゃん!」

私の姿を目に映ったお千ちゃんは嬉しそうに手で招いてくれた。久しぶりに会う彼女を見て、気のせいか上がっていた肩が降りた。彼女に言われるままに座れば、すでに注文していた団子とお茶が並んでいた。

「千鶴ちゃん、食べて食べて!ここのお団子、すごく美味しいんだから」
「本当だ、美味しい……!」
「でしょ!良かった」

みたらしの甘さがちょうどいいお団子は、飽きることはない美味しさだった。私の言葉に嬉しさと安心する笑みを浮かべたお千ちゃんは、私を見て口を開けた。

「あれから気になってたんだ」
「え……?」
「男所帯で女一人で大変じゃないかなって」

お千ちゃんの視線が、私を待ってくれる原田さんへ目を向けられた。原田さんはこちらに目を向けず、京の様子を眺めていた。

「千鶴ちゃんとは、初めて会った気がしなくて、放っておけないっていうか。……ま、ただのお節介だけど」
「……ありがとう。大丈夫だよ」

お千ちゃんの優しさが身に染みる。
あ、でも。一つ訂正しないといけない。

「男所帯だけど、女は私一人じゃないんだ」
「あら、そうなの?」
「うん」
「どんな人?」

お千ちゃんは気になるみたいで私に聞いてきた。
緋真姉様の事を説明したらいいんだけど、どう言ったらいいんだろう…。うーん、と頭を悩ませながらも私は思ったままの事をお千ちゃんに伝えた。

「不思議な人、かな……」
「んー……、どんな感じに?」
「真っ直ぐな目をしてて、優しいの。言いたいことをはっきり言えて、私とは大違いなの」

緋真お姉様は、初めて出会った時からそうだった。
物怖じせず土方さんに進言していた。自分の置かれる立場も分かってて、でも、納得いかないことがあったら必ず口にする。格好いい人で、私が思わず憧れるような人。
でも……。

「時々、畏ろしいの」

出会った時に感じたものや、今まで何度かお姉様から感じた空気に私は畏れたことが何度もあった。恐怖じゃないのは自分でも気づいている。畏怖の念を抱くような、そんな感覚。
私は未だに、緋真姉様の事が分かっていない。

「……そっか。でも、頼れる同性の人がいるなら、少しは安心ね!」
「……うん。あ、でもお千ちゃん。どうしてあの時すぐ、私が女だって分かったの?」
「そりゃ分かるもの。女同士だもの」
「……そう、なんだ……」

あっさりと答えられたけど、少しだけお千ちゃんが慌てたのは気のせいかな……。
それからしばらく、お千ちゃんとはお話に華を咲かせた。生まれや、家族のこと。共通のこともあったら、違うこともあって、すごく楽しく思えた。
そういえば、こんな風に女の子と話すのって久し振り。江戸にいた頃は普通だと思ってたことが今は懐かしい…。
懐かしさに想いを馳せていると、お千ちゃんは私から視線を外して思い出すように言った。

「新選組の評判って京では散々だけど……、中にはいい人もいるのね」

お千ちゃんの視線の先にいたのは、原田さんだった。

「『千鶴、最近落ち込んでいるみたいだから、少し気持ちが明るくなるような楽しい話をしてやってくれ』って」
「え!?原田さんが……?」
「あ……これは内緒にするって約束してたんだった」

あは、と笑って言ったお千ちゃんに思わず私も笑ってしまった。きっかけはどうあれ、こうしてお話できたのはすごく嬉しかったから。

「それじゃあ、そろそろ私は行くね」
「うん、ありがとうお千ちゃん。私、すごく楽しかった」
「私もよ!次はお饅頭の美味しいお店、食べに行きましょうね!」
「うん!」

お千ちゃんは最後に原田さんに一礼して、人混みの中へ消えていった。

「原田さん、ありがとうございました。あの、私そんなに暗かったですか?」
「え?……なんだ、あのお嬢ちゃん、喋っちまったのか」

本当に内緒にしていたみたいで、原田さんは困った声を上げた。思わず、そんな気持ちを外に出していた事に謝罪をしたけど、原田さんは特に気になさらなかったみたいだった。ぽん、と二回頭を撫でられる。

「ま、“笑う門には福来る”だな」
「……はい」

元気づけてくれる原田さんに私は心が軽くなった。そんな気がした。

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