▼ ただの戯言
あたしに声を掛けてくれた少女はずっと俯いていたあたしを心配そうに見て訊いてきた。
ああ、まさか顔を見らない初対面の子に醜態をされしてしまうなんて…。
「どこか具合が悪いの?それだったら、先生を呼ぼうか?」
「…大丈夫よ、心配しないで。…ちょっと、寂しい思いをしただけだから」
あたしは涙を拭いて、ニッコリと彼女に苦笑地味た笑みを送った。
醜態を晒してしまう自分も自分だが、初対面の子に対してそんなに親身になる彼女もまた驚きだ。きっと他クラスの少女だろう。このクラスの生徒は先生も含めて皆帰ったのだから。忘れ物なんて特にするようなものなんてないし、なら他クラスの生徒で決まりだ。
あまり関わらないで欲しいので、彼女から顔を背けた。すると、まだ不安そうに心配そうに見てくる少女はまた聞いてきた。
「何か、哀しい事でもあったの?」
「…どうして?」
どうして、そう思うの?
そんな事を彼女に聞いてみた。すると、彼女は一瞬戸惑いはしたものの真剣な表情で「心配だったから。誰かに少しでも吐いたら気が楽になると思ったから」と答えた。
あれま、この子ったら芯はちゃんとしているみたいだ。
けど、あまり他人に自分の領域を侵されたくないのが本音だ。
哀しい事があったのか、と聞いた少女。あたしが答えるまで帰らないようで、少し頑固な一面をお持ちのようだ。悲しい、哀しい事は特にない。
まぁ、しいて言うなら、
「…会いたくても会えない寂しさ、だけどね…」
「え…?」
あたしの呟きを拾い損ねた少女。聞き返そうとした少女より前に、あたしは彼女に言った。
「…一つだけ質問しても良いでしょうか?」
「え?」
彼女はあたしがいきなり質問してくることに驚きつつも、あたしの気持ちが少しでも晴れるのなら、とでも思ったのだろううんと肯定した。そんな彼女にあたしは「固くならないでください」と作り笑いを浮かべて言った。
「…あなたなら、どうしますか?」
「…何を、ですか?」
「会いたくても…、会う事すら出来ない存在の人達が居たら…あなたはどうしますか?」
「……えっと…どういう意味?」
「…そうね、例えば、」
さっきの光景が脳裏に浮かんだ。
そして、あの日の最期に見た鯉伴様のお表情。
「…生き別れした家族がすぐ傍に居ても会う事すら叶わない…みたいなもの」
あたしの質問にやっぱり戸惑った彼女に例えを言ってみた。それもそっか、そんな事一度も考えた事ないもんね。
すると、何を持ったのか彼女は言った。
「…どうして我慢するの?我慢しなくて会えばいいじゃない」
「…、…あたしの願いはね、叶ったの。大切な人を守れて、大切な人たちが笑顔で生きていることが、あたしの願いなの。だから、あたしは離れてて、見守っているの。深く関わらず、離れたところから守るの」
父さんを助ける事が出来た。それだけであたしは充分。
まぁ、こんなあたしみたいな体験をしたほうが、まだ分かるもの。彼女が戸惑っているのを見計らって、あたしは小さく笑みを零して彼女に言った。
「さっきの質問、気にしなくていいですよ」
「けど、」
「大丈夫」
彼女を通り過ぎて、教室に出る際に言った。
「さっきのは、ただの戯言ですから」
そう言ってあたしは教室を後にした。
そう言えば…
「今思えば、さっきの子…家長カナじゃなかった?」
なんて、あとからあたしはヒロインちゃんの名前を思い出した。
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