影と日の恋綴り | ナノ
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 立ち去る鬼

彼らはそれぞれに構えを解くと、戦いを切り上げて間合いを離した。それは左之助さんと不知火だけでなく、天霧や風間も同じことだった。

「……これ以上の戦いは無意味ですな。長引いて興が乗っても困るでしょう」

無意味、というのは千鶴がいないからだろう。それに、小さな騒ぎに勘付いた警護する隊士たちも気付いたようだった。
天霧は念を押すような口調で言うと、不知火は居心地が悪そうに頭を掻いた。引き際を心得ているつもりのようだが、天霧の様子からしてそうとは言えないようだった。その二人に視線を向けてから、風間は静かにうなずいた。

「確かに……。確認は叶った以上、長居をする必要もあるまい。今日は挨拶をしに来ただけだからな」
「……むざむざ逃がすと思うか?」
「下らん去勢はやめておけ。貴様らはまだしも、騒ぎを聞きつけて集まった雑魚共は、何人死ぬか知れたものではないぞ」

自分達はそれくらいの腕が立つ、とでも言いたいのだろう。それもそうだ。彼らの正体は【鬼】。人間がいくら何人でかかろうと、彼らは一瞬で多くの命を奪うことができる。
事実を告げただけと思しき淡々とした口調で風間たちは音もなく退いた。闇に溶け消えるその最中、瞳を細めあたし達に向けて言葉を残した。

「いずれまた、あの娘を近いうちに迎えに行く。……待っているがいい」

その時、彼の目が確実にあたしに留まった。

「我々とは相容れぬ存在の女よ、貴様がまた我らを邪魔すれば………容赦なく斬る」
「っ」

一瞬目を瞠って見た彼があたしに向けたのは殺気。
相容れぬ存在。
それは禁門の変で、不知火にも言われた言葉。その言葉を最後にして、風間達は暗闇の中へと消えていった。完全に気配が消え、構えていたあたし達も静かに武器を収めた。

「…大丈夫か、緋真」
「……はい」

心配してくれた左之助さんが歩み寄ると、土方さんが厳しい瞳で闇を見据えたまま口を開いた。

「……雪村は、あいつらに狙われる心当たりでもあるのか?」
「……いいえ?千鶴は、ないようですよ」

あたしから言うべきではない。
そう判断して、土方さんに答える。土方さんはそれ以上聞いてくることはなく、そうか。と一言だけ返すだけだった。

「奴良」
「はい」
「お前も屯所に戻れ。……変化しても構わねぇ。今すぐ戻るんだ」

これ以上此処にいてもあたしに用は無い。そして、屯所に戻った千鶴の事を思っているから、夜の姿になって戻っていいと言っているのだろう。
あたしも此処にいるよりか、今も不安で怯えているかもしれない千鶴の傍にいたい。

「…ありがとうございます」

小さく礼を言ってから、あたしは人気の無い場所へと足を進めて夜の姿に変化した。“夜のあたし”があの鬼たちについて考えていたようだけど、千鶴のもとへ行くとなればすぐに動いてくれた。

≪千鶴は大丈夫なのかい?≫
「大丈夫よ。平助や沖田さんのもとにいるはずだわ」

だからきっと大丈夫。
周りに人がいないことを確認して、二条城の壁を乗り越えてあたしは屯所へと急いで戻った。

「………緋真?」

彼が、屋根の上に立ったあたしを見ているとは知らず。



「千鶴っ」
「!緋真姉様…!」

ものの数分で屯所に戻ったあたしは、門を跨ぐ前に人間の姿に戻ってから千鶴のもとへ向かった。千鶴は予想通り、沖田さんと一緒にいたようで傍には沖田さんの姿があった。
あたしの姿を目に捉えた瞬間、千鶴は話し途中だったはずにも関わらず、あたしに駆け寄ってきてくれた。これだけで慕ってくれるというのが分かる。無事だったことに半分、そしてあたしを心配してくれていたことに喜びと嬉しさがこみ上げてくる。
千鶴を抱きしめて、彼女が大丈夫であることを確認する。

「無事に屯所に戻れたみたいね。良かったわ……」
「お姉様も、無事で……良かったです……」

泣きそうな顔でそう言う千鶴があまりにも可愛くて、思わず強く抱き締める。苦しいと言う声が聞こえるけど、その音色は嫌そうにはしていなかった。
すると、あたし達に歩み寄ってきたのは沖田さん。自分だけのけ者扱いにされたのが酷く不満そうな表情だった。

「お疲れ様。どうだった、あっちは?」
「警備は滞りなく進んでおります。これといった襲撃もありませんでした」
「そう」

安心したようにか、何も無くて残念だったのか、そんな声に聞こえる返しだった。けれど、彼の視線はあたしに抱きついている千鶴に目を向けられていた。

「千鶴ちゃん、屯所に戻ってからずっと君の事が心配してたみたいだよ」
「あら、そうでしたか」
「ま、これで僕はようやく寝れるし。その娘のこと、任せたよ」

やっと解放される。なんて言いたげな顔で欠伸を溢した沖田さんはあたし達に背を向けた。沖田さんの言葉に反応した千鶴はガバッとあたしから離れて、歩き出していた沖田さんの背中に向けて声をかける。

「お、沖田さん…!あの、色々とありがとうございました…!」
「……。……おやすみ、千鶴ちゃん、緋真ちゃん」

一瞬の間があったが、穏やかな声で沖田さんは挨拶をしてからこの場から去って行った。二人きりとなり、あたし達の間には微妙な空気が流れる。

「千鶴、怖い思いしたわね。もう大丈夫よ」
「………はい」
「あとで土方さんから何か聞かれるかもしれないけど、無理に答えなくていいからね。分かってないことを言ったって、分からないままなんだから」

笑って言えば、千鶴も落ち着いたのか淡い笑みを浮かべて強く頷いてくれた。

「あの、緋真姉様……」
「んー?」
「……ぁ、いえ…。……なんでもありません」
「………」

何か言いたげな千鶴。でも、それをあたしに言うことはなかった。
きっと、あの時のあたしについて聞きたいのだろう。でも、それについて言うつもりはない。言えるはずがない。
何も聞かなかった千鶴に心の中で礼を言って、あたしは千鶴と一緒に建物の中へと入った。

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