影と日の恋綴り | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

 似た者同士

「原田さん!斎藤さん!」

安心する二人の声に、あたしの胸に顔をうずめていた千鶴がパッと嬉しそうな声を上げた。あたしもこれでもう大丈夫だと思って、ほっと胸を撫で下ろした。二人は千鶴を安心させるにほどの存在だったみたいで、くずれ折れそうになった。咄嗟にあたしが支えるが、千鶴の肩に武骨な手が置かれた。

「……下がっていろ」

鬼の副長のご登場だ。
あたし達を押しのけるように前に出ると、彼もまた刀に手をかけた。

「ふん……将軍の首でも取りに来たかと思えば、こんなガキ一人に一体何の用だ?」
「将軍も貴様らも、今はどうでもいい。これは、我ら【鬼】の問題だ」
「【鬼】だと?」
「……」

土方さんの目が細められる。風間の発言の真偽を計っているのか、眼光の色はひどく、鋭い。そしてそれぞれが、それぞれの相手に対して獲物を手にして対立し合っていた。

「へっ……こいつのツラ拝むのは、禁門の変以来だな……」

左之助さんが槍の穂先を動かせば、不知火が腰の中に手を伸ばした。斎藤さんも、天霧とは再会したものの何の感慨も湧かないまま柄を握る手に力を込めれば、天霧も構えて爪先に力を入れた。
久しぶりに感じる戦場の空気だった。
きっと一人、誰かが間合いへ踏み込んだなら、彼ら全員が一斉に地を蹴り戦闘を始めるはずだ。千鶴はひどく息苦しく感じるようで、辛そうに顔を歪めていた。でも、この場に置かれている以上は役に立ちたいと思っているようで、震える手が小太刀の柄を掴もうと探っていた。
でも、それは駄目。

「千鶴、貴方は何もしなくていいわ」
「副長たちの心配は無用だ」

あたしの言葉と同じと言っていいくらいのタイミングで、千鶴の柄に手を置いた者が現れた。千鶴と一緒に顔を上げれば、傍に立っていたのは監察の山崎さん。
気配が感じれなくて、あたしも思わず目を点にしてしまった。

「……副長の命だ。君は、このまま俺が屯所まで連れて行く」
「……避難しろってこと、ですか……?」
「えぇ。あたし達はこの場ですることは何もないの。だから屯所へ戻りましょう」

あたしの言葉は正論だ。重苦しい空気の中、手が震えてなにもできない千鶴は、邪魔でしかない。何もできない者は戦場ですぐに死ぬようなものだ。
幾戦もくぐり抜けたあたしだから、分かるんだ。

「……分かりました。屯所に戻ります」

残る、と言うと思ったけど素直にそう言ってくれた千鶴にあたしは安心した。山崎さんを先頭にしてあたし達は屯所に戻るため、彼らに背を向けた。
その刹那。

「!」

銃を構えた不知火から殺気が走った。反射的に千鶴を庇うように立ったあたしは、本当に発砲した錯覚に冷や汗が頬を伝った。
どうやら、簡単に逃がしてくれないようだ。

「……山崎さん、千鶴をお願いします」
「お姉様!?」
「…俺は、貴女のことも頼まれたのですが」
「心配しないで。何かするつもりもない。……千鶴と貴方が、此処から逃げるまで殿を務めるだけよ」

奴等の狙いは千鶴。彼女が此処から離れれば、彼らはこれ以上事を起こさないためにすぐ撤退するはず。そうだとすれば、彼らが千鶴のもとに行かないようにしなくちゃいけない。
あたしの言いたい事が分かってくれた山崎さんは、それ以上とやかく言うつもりはないみたいだった。小さくため息を溢したかと思えば、千鶴の手を引いて走り出した。

「お姉様……!」
「大丈夫よ、千鶴。そんな顔しないで」

貴方はあたしが守るから。
ヒラヒラ、と手を振って彼女達を見送った。暗闇の中に消えた二人を見届けてから、あたしはこちらに銃口を向けたままの不知火へと身体を向けた。

「せっかくお姫さんを捕まえるってのに……なに邪魔してんだ、テメェは!」
「ちっ!」

言葉の最後に合わせて不知火が地を蹴り、左之助さんがその進路を阻むように立ち塞がった。

「……やれやれ。時に拙速は巧遅に勝りますが、不知火の手の早さも考え物ですね」
「そういうあんたも、止めなかったようだがな」

やや離れた場所の斎藤さんと天霧も、すでに互いの間合いを詰めていた。
一対一が三つの状況。千鶴を脱出することは出来たけれど、あたしが残るとは思っていなかった土方さんは大きく舌打ちを溢して、正面の風間を睨みつけた。
千鶴が無事に二条城を脱出したことで、彼らが此処に滞在する意味はなくなったはず。けれど、彼らの睨み合いは続いていた。何かすべきだろう。助力とか、他の警備の隊士を呼べばいいのかもしれない。無駄な争いをして、彼らに怪我を負わしたくない。
でも、あたしは動かなかった。
だって……。

「……心配すんな、緋真」

彼があたしを守ってくれたから。
敵の視線から守るように、槍を低く構えていた左之助さんが、そっとあたしを背に庇ってくれた。不知火は面白げな、不敵な笑みを浮かべて左之助さんを見た。

「オイオイ、邪魔する気か?……そいつは得策じゃねぇな」

互いの獲物を見て不知火はそう言った。左之助さんだって分かっているはず。でも、彼もまた嬉しそうな笑みを浮かべて不知火を見ていた。

「ハッ!オレ様の銃とおまえの槍、この距離でどっちが有利か、見てわかんねぇほどバカなのか?」

その次の瞬間だった。
下げていた穂先を更に下げ、地面をえぐるようにしてから跳ね上げる。その際、転がっていた小石が跳ね飛ばされて、不知火の銃に襲い掛かる。
彼はそれがしたかったみたいだ。

「馬鹿はおまえだ……!余裕かまして油断してんじゃねえよ!」
「――面白えッ!」

わずかな動きで不知火が小石を避けたのと、左之助さんが槍を走らせたのはほぼ同時だった。
この瞬間の二人は、まるで鏡合わせのようによく似ていた。それは滲み出る殺気も、命を奪うに足る凶器が互いの額に突きつけられているのも。表情までもが同じで、友人がふざけあうように唇を歪めて笑っていた。

「……その銃、飾りってわけでもねぇんだろ?なんで使わない?」
「はっ。銃声を聞きつけたつまんねぇ奴らに、水を差されたくねけからな」

ほんの一寸でも槍を突き出せば、ただ指先で引き金を引けば、そこに死が待っている。見てるこっちがはらはらさせた一瞬の後、構えた武器を先に降ろしたのは不知火だった。

「なかなか刺激的で楽しかったぜ。今度はもっと余裕のある時に会いてぇもんだ」
「……男からの誘いなんざ、ご免だね」

そう言って強気な笑みを浮かべた二人に、あたしはリクオと竜二さんが重なって見えた。

prev / next